第19話【日常:夏服】
「あ、おかえりー」
「ただいま……でーす……」
なにか死にそうな声がしたと思って振りかえると、クローリスが紙袋を抱えて工房に入ってきた。
昼時になってご飯を食べに行こうとしたけれど、あまりの暑さでギルド内に撤退して、出店で(誰かが犠牲になり)買って済ませることにした。
で、公正なじゃんけんの結果負けたクローリスはそこで倒れている。
「じゃ、食べるか」
書庫から皿をだし、紙袋の中身を乗せる。
薄い板を引っ張り出すと、玉子大のロティボールがでてきた。
「今日のロティは魚のマリネにタラム草とかグースシェードとかはいってますよ」
渡した果実水で復活したクローリスが説明をする。
端の一口を食べるとポルトに豆が入っているものにあたった。
ロティボールはロティという壺状のクレープのなかに様々な具をいれた料理だ。
この辺りだとやっぱり海産物を入れるのが基本らしい。
「
リオンが食べたものにはコリスが入っていたみたいだ。
クローリスがコリス入りのボールを入れるなんて珍しいな。
たしか嫌いじゃなかったか?
「あ、はずれ引きましたね! 屋台のお姉さんが間違えていれてたんですよ」
どうです、どうです? と、なんだか嬉しそうだ。
銃剣の試し打ちでしごかれたのを根に持ってるのかもしれない。
「クローリス、リオンに嫌いな食べ物はないぞ」
リオンは至って平気な顔をしてもぐもぐと口を動かしている。
しゃべれないので黙っているけれど、この顔は”おいしいけど?”という顔だな。
「パクチーが平気な人でしたか」
クローリスが残念そうにためいきをつく。
コリスが苦手な人は多いっていうけど、平気な人はいがいと多いぞ?
僕も普通に食べるし。
食事を終えて、お茶を飲んでいると、ふと外が見たくなった。
部屋の東側にある窓枠の石の上に座れば、下の日陰を往来する人が眺められる。
ちなみに最上階の角はへこんでいて、広めのテラスが作られている。
非常事態の時、港の人々に情報をつたえるのに使うそうだ。
往来する人達の服装は様々だ。裸に近い荷運びの人、暑いのにジュスト姿の商会のお偉いさん、あとは冒険者だな。
あ、あれアルバトロスのリーダーだな。
へー、ゆったりした服を着てるから中央ティランジアの出身なのかもな。
隣にいるのは竜使いさんか。
部屋に視線を戻すとリオンがテーブルで魔術古代史の本を読んでいる。
あれからなにやら勉強熱に火がついたらしい。
今日のリオンはゆったりしたワンピースだ。
シンプルな生成りの色だけど、刺繍と絞りがアクセントになっていてリオンに似合っている。
クローリスもそうだけど、いつの間に新しい服をかったんだ?
「そろそろ街着を新調するかな」
今僕が着ているのも街着だけど、普段討伐時に着込んでいるやつとあまり代わり映えしない。
本来夏は冒険者にとってオフシーズンだ。
同じ格好で年中討伐してる、みたいにみられるのはちょっと嫌だしな。
「何みてるんです?」
振りかえるとクローリスが僕の座っている石に乗ろうとしている所だった。
「ちょっと、クローリス近い」
今日のクローリスの服はゆったりした白のズボンにネイビーブルーのカットソーを合わせている。
加えて目の大きいレースショール、アップにした明黄色の髪のせいか、なんだか大人っぽく見える。
「むぅ、普通ですね。その反応も傷つくような気がしないでもない……それはそうと、本当に何をみてたんですか?」
「ああ、下の人達の服をみてた。なんかいつもと違う街着がほしいなって」
「「えっ」」
目の前のクローリスと、少し離れたテーブルに座っていたリオンが同時にびっくりしていた。
「リオン、最近ザートが女の子を眺めていたりしませんでしたか?」
「いや、そういうのはなかったと思うけど」
「思春期の男の子がファッションに目覚めるなんて十中八九異性関係です! リオン、自分が危機にさらされている自覚はあるんですか?」
「え、えぇ……」
隣に来たリオンとクローリスが話し込んでいる。僕の上で。
人をなんだと思っているんだ。
「別に興味が無かったわけじゃないぞ。金がなかっただけで」
「お金があれば女の子と遊びたかったと」
「今服選びの話をしてたよな?」
「それならどういうのが好きなんです?」
ようやく窓枠から降りたクローリスがきいてくる。
なんか今日は詰めてくるなぁ。
「とりあえず足下はサンダルにしたい。パンツは西ティランジアの膝上のやつ。シャツは普段のゆったりした戦闘用の服じゃなくてレーマさんが来ているようなすっきりしたものにしたい」
大体こんなものだ。
定住しない冒険者が街着に金をかけるというのも変な話だと思う。
そう考えると、クローリス達は服にどれだけお金をかけているんだ?
「うん、まあ普通ですね。それなら銀貨一枚もかかりませんよ」
どこかほっとしたような二人の反応が気になるけど、もっと気になる所がある。
「いや、安すぎだろう。古着でも難しいくらいじゃないか?」
「大丈夫ですよ。私が服飾系のスキルを持っているのわすれたんですか?」
意外そうな顔をしてクローリスがきいてきた。
いや、初耳だ。だから二人の服が増えていたのか。
とにかく、二人が浪費せずにファッションを楽しんでいて良かった。
――◆ 後書き ◆――
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