第24話【倉庫にて——一時撤退】


サイモンが示した先は僕じゃなかった。

泥色の甲冑をきた信徒が、リオンとまだ放心状態のシルトに殺到する。


『ファイアアロー・デクリア』!


 一団に向けて真横から炎の矢を射かけるが、信徒達はひるみもしなかった。


「魔法が消えた!?」


 予想外の事態で一瞬反応が遅れてしまう。


「無駄ですよ。たとえ劣化コピーでも、六花の具足は魔素、つまり魔法自体も吸収する」


 サイモンはミラとともに高みの見物をしている。

 完全無効化とは性質がわるい。


 せまる敵の一団をリオンがむかえ撃とうとする。


「リオン、炎刃はだめだ!」


 魔法が効かない以上、炎属性をまとう炎刃はリスクがある。


「分かってる! 『空堀モート』!」


 リオンは素早く古城の名剣を抜くと同時に土魔法を発動した。

 石でできた倉庫の床が一気にへこみ、リオンと敵を分断する。 

 敵が堀に落ちる前にかろうじて踏みとどまった。


「追いついた! シルトを起こしてくれ!」


 使い慣れたショートソードで最も近い敵の剣をはじき、鎧の隙間をつく。

 どうやら敵自体が強者というわけじゃないみたいだけど、SPを削るかわりに障壁ではね返される。


 痛みで止まっている敵に追い打ちをかけるけど、仲間がフォローに入ってきた。

 人間相手の戦いだとこれがやっかいだ。SPを削りきるほど強力な攻撃か、致命の一撃じゃないと傷付けることができない。


 SPの恩恵があるのはこちらも同じだけど、こちらは味方のフォローがない。

 痛みで足止めを食らうのは致命の一撃を受けるのとあまり変わりがない。


『ロックニードル・デクリア』!


 十のとがった岩を集団に打ち出すけれど、それらも消えてしまう。


 念のためか、敵は後ろに下がったけれど、魔素で起こした現象なら質量すら消すなんてやっかいすぎる。


 古城の時のようにがれきで押しつぶす事はできるけど、人間相手にその手を使えば特殊なマジックボックス持ちというのがばれる。

 奥の手は相手を絶対殺せる時まで出せない。


「ザート! 何か射かけてくる!」


 敵と対峙していると真後ろからリオンの声がした。

 目の前では膝立ちになった敵の集団がボウガンのような武器を構えている。


(射線を重ねられた!)


 どんな攻撃か分からない以上、よけるのはリスクがある。


『ロックウォ——』


——バウッ!


 幾重にも木が爆ぜるような音と同時にロックウォールを貫かれた。

 腹に朱い光とともに重い痛みが走る。炎魔法が貫通したか、なら——

 

「ザート! 追い打ちが来る!」


「『デクリア』!」


 ロックウォールをバラバラに十枚並べる。

 何かが再びロックウォールに突き刺さった。


「ほぅ。重ねてとめるか」


 これで敵の中距離攻撃は防いだ。後はあの鎧だ。

 魔素を吸収する、凝血石のカラでできた鎧。


「なら、『ファイアアロー・エクェス』!」


 敵の一人だけに十本のファイアアローをたたき込む。


「あ……が、ぁぁああ!」


「なに……?」


 倒れた敵の鎧が泥色から漆黒に変わった。

 同時に中身が膨れ上がり、隙間から赤黒い肉がはみ出ている。

 明らかにファイアアローの効果じゃない。

 『血殻』だって無限に魔素は吸えないだろうと思って火力を集中させたけれど、なんだこれは?


「チッ……やはり欠陥品か」


 サイモンが吐き捨てるように悪態をついた。

 不安要素はあるけれど、このまま戦力は削るべきか。


『ファイアアロー・エクェス』!


 一人一人、敵が倒れるまで矢をたたき込んでいき、速攻で合計四人の敵を倒した。

 書庫にストックしてある魔法の消費が激しいけれど、倒し方自体は単純だ。


 残りは六人の信徒と、ミラとサイモンか。


「——えっ?」


 追撃しようとした瞬間、敵の一団の後ろにいたミラが、赤黒く膨れ上がった敵に、次々に短剣を突き刺していった。


「「「「ヴァァァ!!」」」」


 耳障りな悲鳴をあげた敵の鎧から赤黒い泥が流れ出していった。

 ミラがピンク色の液体がついた短剣を振って鞘に収めて背中を向ける。


 唐突な展開につい足をとめてしまった。


「撤退します、試作品は回収しなさい」


 サイモンが残る信徒達に命令し、立ち去ろうとする。

 けれどシルトはグリーヴとガントレットをつけたままだ。

 体勢を立て直してまた襲撃をかけてくるつもりだろう。このままたたみかける!


『ファイアアロー・ケントゥリ——』


——ガァン!!


 敵の背中に百の火矢を浴びせようとした瞬間、サイモンがひるがえしたローブの下に手槍のようなものが見えた。

 瞬間、三度大きな音が鳴った。


 武器を向けた先は僕じゃない。後ろの二人だ。


「——シルト!」


 振りかえると、シルトが左腕を押さえていた。ガントレットがついさっき死んだ敵が着ていた鎧の様に黒くなっている。


「ガ、ァァアアア!」


 リオンが押さえ込もうとしているけど、シルトは七転八倒し続けていた。


「彼はじきに魔人となり、形が保てなくなります。みさかい無く襲ってくるでしょう。しばらくしたらまた来ます。彼が魔人になる前に、腕を切り落とす事をおすすめしますよ」


 顔は相変わらず整ったままだったけれど、どこか狂気を感じる動きでサイモンはミラ達とともに立ち去っていった。

 



 

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