第25話【幕引き】
※閲覧注意 人によっては胸糞展開です。
まだ雨は降り続き、屋根を激しく打ち続けている。
サイモン達が立ち去った後、僕らは取り得る方法で再戦の準備を整えた。
複数ある入り口の一つからサイモンとミラがゆっくりと入ってきた。
僕とリオンは倉庫の中央で彼らを待つ。
後ろで鈍い音がした。
視界の端にうつるのは灰色の甲冑。
別の入り口から入り、荷物の影から不意打ちをしてきた信徒に、回復したシルトが左ボディブローをたたき込んだ音だった。
漆黒から淡いグレーに変わったガントレットは泥色のボディをたたき割り、その下の内臓に突き刺さる。
そのまま身体を石の床に引き倒し、追撃のスタンピングで敵の身体を甲冑ごと踏み割った。
僕が書庫を使って回復させたシルトの力は予想以上だ。
敵の残党は六人だったけれど、高度なスキルもつかわず、圧倒的な身体能力で瞬殺してしまった。
少し離れた所から見ていたサイモンとミラは一瞬固まったけれど、すぐに険しい顔をして駆けてくる。
「あの状態からどうやって回復したんだ。他の二人のどちらかがやったのか……。ミラは女の方を捕らえろ。殺すなよ」
「はい、サイモン様」
サイモンがローブを脱ぎ捨てると、内側から純白の胸甲が現れた。素早く同色の兜もかぶる。
ショートソードを構えたサイモンは見た目だけで言えば全然魔術士らしくなくなっていた。
リオンに向かってミラが突進していき、戦闘が始まった。
『ファイアアロー・エクェス!』
信徒の甲冑はこれで色を泥色から黒色に変えていたけど、サイモンの甲冑はほとんど色が変わらなかった。やっぱりオリジナルの方が魔素を蓄える容量が多いのか。
「ザート、代われ!」
シルトの声と同時にサイモンの進行方向から外れ、離脱する。
そこにシルトが剣を構え矢のような速さで突進した。
助走と体重の乗った突きでサイモンの障壁を破ったかに思えた。
けれどサイモンはその場にとどまり、シルトもそこから十歩ほど離れた場所で振りかえっていた。
「くそ、硬い!」
再び間合いに入ったシルトが剣を振り下ろす。
しかし、実際はシルトの攻撃はサイモンの手前で止まっている。
高位の魔法障壁だ。攻撃はほぼすべてガードされる。
魔術士は近接戦に弱い。
けれど、魔法障壁があれば攻撃に専念できるので戦闘能力が格段にあがる。
『ホーク・ビーク!』
シルトのスキルによる変則的な剣先の動きがサイモンの右首元をとらえるが、障壁に阻まれる。
その後もシルトはいくつかの中位スキルを放ったけど、どれも障壁を壊すには至らない。
一方、リオンは危なげなくミラを無力化していた。打ち合わせ通りタイミングを合わせている。
「シルト!」
身体強化をした上でシルトと入れ替わる。
『ファイア——』
こちらのコトダマを聞いたサイモンの顔が愉悦に染まる。
『
ボルク・レインはアイスラムに匹敵する高位魔法だ。溶岩の雨が浅い放物線を描いて迫る。
スキルは途中で止められない。
ロックウォールによる防御をさせないために後から詠唱したのだろうけど——
「何!」
僕は最初からスキルを使っていない。
あたる寸前で、すべての溶岩を書庫で格納する。
『ヴェント!』
驚愕の表情で固まっていたサイモンに突進する。
『ヴェルサス!』
一ジィ手前で急制動をかけた。
これでサイモンの強力な魔法障壁は発動されない。
意図を測りかねたサイモンと目が合う。
ハイ・エルフが高位の魔術士であること。
六花の具足によりこちらの魔法がほぼ効かないこと。
追い詰めれば”擬似的な魔人化”をした敵と戦う可能性があること。
諸々を考えた結果、これがベストだと結論づけた。
『ジフトニーヴル!』
この世界にこんな魔法はない。
今書庫から出したのは、複数の魔法を組み合わせ、ウミヘビと貝の毒を加えたいわば
サイモンの足下から紫の濃霧が渦を巻きながら吹き上がり、球状となる。
すぐに後ろに下がり効果が切れるのを待つ。
するとゲイルで作った空気の壁を赤黒い腕が突き破り、倒れ込んだ。
やはり毒耐性を高めるために”魔人化”したか。
でも、全身の皮膚から浸入する麻痺毒は回っている。
魔人の毒耐性が完全ではないとシルトから聞いた通りだ。
一気に近づいた僕は、サイモンの背中に手を当て、全力で魔素を送り込んだ。
シルトを回復させたのと同じ技術だ。
一度目の戦闘の後に倒れたシルトは、ガントレット内の魔素が飽和してあふれ出し、過度に魔人化が進んで暴走していた。
そこで僕は魔力操作で黒いガントレットから書庫内の血殻に魔素を移し替えた。
過剰な魔素を取り除いた結果、シルトは再び意図的に肉体を魔人化させ強化する、六花の具足本来の力を使えるようになった。
今は逆に書庫内の凝血石の魔素をサイモンの胸甲と兜に送り込んでいる。
「シルトの分も合わせて喰らえ!」
シルトから吸い出して白いブロックに貯めた魔素も加えていく。
見る間に胸甲の色がどす黒くかわる。
魔人化した上で甲冑内の魔素も飽和させるればどうなるかは、わかりきっている。
『ファイアジャベリン・エクェス!』
手足がくずれはじめたサイモンから離れ、ダメ押しの中位魔法をたたき込んだ。
――◆◇◆――
「シルト、どうする?」
戦いの
魔法の衝撃も剣戟も消え、今は波のようなリズムで屋根を叩く雨音だけが倉庫の中に響いている。
手に白い液体を塗ったナイフを握り、震えるミラの目の前でシルトは沈黙を保っている。
一度目の戦闘の後、書庫を使い左腕を治してから、僕はシルトに二人をどう殺すか訊ねた。
シルトには一族の復讐という大義名分が十分にあるし、僕らとしても、彼らを生かしておくのはリスクが高すぎる。
その時シルトが出した答えは”ミラに瀕死のサイモンを殺させて、その後に自分がミラを殺す”だった。
歴史上も何例かある復讐の方法だ。
婚約者の心を奪われた身として、ある意味で男らしくはあるんだろう。
鎧を剥がされた虫の息のサイモンは特殊な異形になっていた。
苦しげに胸を上下させているけれど、ハイ・エルフの整った顔は仮面のように動かない。
事実、それはもう顔ではなかった。
耳の穴だった場所には巨大な目玉が生まれ、端正な顎だった場所の下には荒い呼吸を繰り返すくちばしがうまれていた。
「ガレス——、私はシュヴァルツシルトの当主ですよ?」
もはや破綻した理屈を押し通そうとするミラの声が倉庫に響く。
しばらくシルトは虚空をみつめていたけれど、おもむろにサイモンに向きなおると、その胸にナイフを突き立てた。
白い毒により、魔人化した赤黒い肉体は内側の魔力により自壊していく。
そのまま馬乗りになり、歯を食いしばり、羅刹の貌でサイモンに刃を何度も突き立てる。
今僕の目にうつるのは、恋人の心を奪った男に復讐する者ではない、一族の命を奪った者に復讐をする孤独な当主、ガレス=ケファ・シュヴァルツシルトの姿だった。
復讐を果たしたガレスが立ち上がり、ミラに向き直ると自分の横にナイフを放り投げた。
ナイフを手にすれば一族の者として自害をする事もできる。
恋人を殺した相手に一太刀浴びせることもできるかもしれない。
「ガレス——!」
ミラが喜色を浮かべた。
ミラが選んだのはガレスだった。選べると、勘違いした。
当主としてのガレスが、一族を皆殺しにする手引きをしたミラをいまさら許すはずがない。
ガレスが計ろうとしたのは、”当主が刀を振るう価値があるか”だ。
ないという事はたった今、ミラの後ろを一瞥し、きびすを返したシルトの背中をみれば明らかだ。
そしてリオンも無言で後に続く。
シルトの視線の先には南方のダンジョンにいるアサシン・スパイダーの群れがじっとうずくまっていた。
あの魔物は調教次第で色々な用途に使われる。
例えば用済みになった信者の口封じ等、だ。
バルド教の背教者は死後どこにいくのか、ただの中つ人の僕は知らない。
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