第22話【倉庫にて——ミラの主張】
シルトは言われるがまま、ガントレットに魔力を込めた。
一瞬拍動したガントレットから、白いものが滑り落ちる。
シルトは慌てて膝をつき、スケルトンのように白骨化したひじから先の手を、受け止めたまま抱きしめた。
シルトの反応と、ミラの話からすると、あのガントレットはシルトの兄がつけていたものらしい。
ミラが言った『外れない骨』は、怨念で呪物化した骨なんだろう。
物理干渉をはねのける呪物になるほどの憎しみをシルトの兄はもっていたのか。
これで確定した。
ミラとバルド教が具足を取り返した相手は、自分とシルトの一族だ。
シルトのいう王国軍こそミラ達だったんだ。
兄の骨という証拠とともに信じがたい事実を突きつけられ、シルトの眼は見開かれ、不安定に揺れている。
「誰だよ、お前……」
笑顔のミラを見上げて、シルトがかろうじてかすれた声を出す。
「私は貴方の主、男爵家当主、ミラディ・ケファ=シュヴァルツシルトですよ?」
ミラは先ほどまでの楚々とした雰囲気の代わりに、威圧を含んだ艶然さをまとい、ゆっくりとシルトに近づいていく。
「違う、ケファ家は世襲じゃない。代々六家直系の強者がなってきた。次は、俺だろう?」
「だとしても、貴方は私の婚約者、それ以前に忠誠を誓った騎士、ですもの。同じ事でしょう? さあ、六花の具足を浄化して、私達に差し出しなさい。出来ないのなら……」
——ギィン!
先に動いたのはリオンだった。
リオンがシルトを後ろに引きよせ、できた隙間に僕がバックラーを構えてミラの短剣を受け止めた。
「誰? 身内の話に割り込むなんて、どういう事かしら?」
白い液体をしたたらせた短剣を手にした姿に、もはや最初の面影はない。
「僕はザートと言います。どんな事情か知りませんが、友人が斬られそうになったので、とっさに動いてしまいました」
「そう。なら今からでもどきなさい」
冷たい瞳がこちらに向けられる。
一切の交渉の余地を感じさせない態度をみて、僕は交渉相手を変えた。
「よろしければ事情を教えてもらえませんか? 友人を説得できるかもしれません」
声をかけた相手、サイモンはローブをひるがえして椅子から立ち上がった。
「ふむ、いいでしょう。特に隠すものでもありません。すこし暗くなってきましたね」
そういって光魔法のライトで手の平から灯りを中空に浮かべた。
「我々バルド教は先史エルフ文明の法具を回収しています。これは知っていますか?」
知っている。
先史文明はなんでもエルフの文明にしようとしている事も、商業ギルドで取り扱いが禁止になっている事も、魔法考古学研究所とも深いパイプを持っている事も……バルド教に寄付すれば”お情け”をいただける事も知っている。
後ろを振りかえる。よかった。シルト達は大分後ろに下がっていた。
「ええ、知っています。聖堂に寄付をすれば”愛”を授けられるんですよね」
僕の答えにサイモンは初めて笑みを浮かべた。
「あなたは熱心な信者のようだ。そう、多くの恩恵をもたらす法具を、あえて我々に寄付する人々には我々もできうる最大限の返礼をしています」
「では、今回の件は法具に関する話なんですか?」
おおよそ見当のつく、ろくでもない予想を頭の隅に追いやって話の先をうながした。
「ミラディは魔術学院に在学中、バルドの教義と歴史に目覚め、入信しました。そして、我々に、己の所有する法具の事を相談したのです」
いわく、北の辺境のシュヴァルツシルト家には六花の具足という呪われた法具が伝えられている。
いわく、本来は当主が所有するものだが、呪いを分散させるために分家の五家に貸している。
いわく、当代の当主は魔法考古学研究所での解析に絶対的な忌避感をもっている。
いわく、次代の当主はミラディであるので、当代が死ねばミラディが法具を自由にできる。
いわく、ミラディは法具をバルド教に寄付する意志がある。
説明のしめにサイモンは静かにこういった。
「そして、改めて説得にいった所口論になりました。私が切りつけられたので正当防衛をせざるを得なくなり、結果的に彼をのぞくシュヴァルツシルト家全員が亡くなったのです」
聞き終わった後、僕は深く息を吸いながら、自分が追放された時、形見分けの儀式で罵倒された時の人達を思い出していた。
——ファビオラは見た目やブランドものばかり気にしていた女だった。
でも彼女が状態異常を含んだ大けがをしたときには、親族皆で金を出し合って最高級のポーションで傷跡一つない身体になおした。
——マリエラは下位スキルの取得が遅い子供だった。
でもスキル取得のために年長のいとこ達みんなが、取得の仕方をアドバイスした。
——ドメニコは女癖のわるいキザな奴だった。
でも悲しい別れをしたときは大人の男達が皆でなぐさめていた。
僕からみて、僕を含めて一族の人達は皆、どうしようもない欠点を抱えていた。
赤の他人だったら近づかなかったかも知れない。
それでも、罵倒され、追放された今であっても、大罪人でもない彼らを自らの幸福のために殺すかと言えば、そんな考えはかけらも思わない。
半目で強くなってきた雨を眺めながら息を吐いていく。
「つまり、ミラディさんは法具を寄付して”愛”を受け取るために、実家の一族郎党を皆殺しにしたということですか?」
サイモンに確認した。
僕は冷静な声を出せているだろうか?
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