第21話【倉庫にて——違和感】

 商会長は二人の喜び合う様子を眺めていたけれど、我に返ったようで、シルトに何か言おうと席を立とうとした。

 けれど、ハイ・エルフのサイモンがそれ手で制した。


「良い、彼らの再会に水をさすのは無粋だろう?」


 商会長がおとなしく席に着くと同時に、サイモンはこちらにも同意をもとめてきた。

 黙って視線をはずし、目礼する。

 そっとリオンをみやるとうなずき返してきた。

 どうやらこちらにあわせてくれるみたいだ。


 視線をテーブルに定め、無表情をよそおう。

 自分の中でシルトに警告をしたい気持ちと、情報を引き出すべきという気持ちがせめぎ合っている。


「さぁ、ガレス。再会できてうれしいのですが、貴方の左腕が心配です。弓手の篭手を外してしまいましょう」


 いたわる様な言葉にシルトの笑顔は沈痛な面持ちに変わる。


「そうしたいけれど、見ての通り、俺の篭手はもう外せない。一度具足すべてを付けてから解除しないと」


「それなら大丈夫ですよ。具足の残りはここにあります」


 そういうとミラと呼ばれた女性はあっさりと、何もない空間から、シルトのガントレットと同じデザインの白い鎧を取り出した。



「ミラ、どうやってこれらを取り戻したんだ?」


「返しなさいといったけれど、まったく話が通じなかったから力ずくで取り戻したのです」


 驚きつぶやくシルトにミラが当然のように答える。

 シルトの話では具足を奪ったのは王国軍だ。

 そこから強引に取り戻すことなんてありえない。


——だれから強引にとりもどした?


 


「……すごいな。ミラはいつの間にそんなに強くなっていたんだ」


「手伝ってくれた人達がいたからですよ。私だけでは無理でした」


 そういってミラはハイエルフに熱い視線をなげかけた。

 具足を手に取り素直に感心しているシルトにその様子は見えていない。


——なぜ手伝ってもらえた?


 僕の中で次々生まれる疑念は解消されずに、シルトがグリーヴを付け始める。

 どういう事情かわからないけれど、シルトのガントレットを外すには一度鎧を着込む必要があるらしい。


 僕は余計な仕事はしない護衛、という風をよそおってサイモンを観察する。

 取引の最中だというのに彼は二人のやりとりを止めずに見つづけている。


——最悪なのは『シルトが、ここに、おびき出された』パターン。


 正直、想定が甘かったかもしれない。

 今目の前にいる『シルトを探している女』は実在している。おびき出した相手と共に、ここに。

 


「その人達ってもしかして、今日の取引相手の……?」


 ようやく気づいたかのようにシルトはテーブルに座っているハイ・エルフの方に向き直った。


「ええ、紹介します。サイモン様。彼が”ガレス”です」


「え、はい。ガレス……ガレス・■■・シュヴァルツシルトと申します」


 おそらく紹介の仕方がシルトの想定したものとちがうのだろう。

 驚きながらもやんわりと正しい名前を名乗る。

 シルトが頭を下げた瞬間、ミラが一瞬、汚物が顔についたかのような表情を見せた。


 広い倉庫が急に息苦しく感じられ、天井のハリがきしんでいる気がする。

 僕の中で二人の認識が不協和音を奏でているせいだろう。

 

「サイモン=ベーアです。カテドラル・アルドヴィンでバルト教の司祭をしていました。私達は彼女の熱意に共感して加勢したにすぎませんよ」


 無表情にあいさつをするサイモンがその長い手でうながすと、ミラは鎧かけに残っていた右のガントレットをシルトに差し出した。


 ガントレットの拳は、かたく握りしめられていた。


 自分は目の前の現実について、決定的な誤解をしていたのかもしれない。

 もうすぐ疑念が確信へとかわる、その予感に心臓が早鐘を打つ。

 おそらくシルトは、僕よりよほど、その予感で頭がいっぱいだろう。


——コッ


 シルトがゆっくりとガントレットの裏側のベルトをゆるめたとき、なにか木を叩いたような音が響いた。


 かすかな音が響くほどの静寂を破ったのは、場違いなほどに自然な女の声。

 

「ああ、忘れていました。その骨だけ外れないんですよ。『弟』の貴方の魔力なら同調できないかしら?」


 互いの認識のズレが、砕ける音がした。







    ――◆ 後書き ◆――


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