第10話【決闘事件の処理と肉料理】
ブラディア冒険者ギルド本部は、長城壁に続く階段をはさむ二つの塔の中にある。
今、僕とリオンがいるのは左の塔の城壁より上の辺りだ。
さっきまでいた事情聴取用の会議室からは、グランドル領とロター領をながめる事ができた。
今僕らは聴取を終えて、ギルドからのお沙汰を待っている状態だ。
一切履歴に傷が付かない、とは言われたけど形式上注意は受けるらしい。
建物中央の吹き抜けから、たまに心地よい風が吹き上がってくる。
革張りのソファに深々と座っているとだんだんまぶたが重くなっていく。
「眠いねぇ……」
隣のリオンも眠そうにしている。
リオンは、僕が決闘を代行した理由について承知済みだ。
当分どのクランともつかず離れずにいられる事を喜んでいた。
一階フロアから聞こえるざわめきが子守歌のように聞こえてくる。
ここって昼寝には最高の場所なんじゃないかな。
「まずい、本当に寝ちゃうな」
僕は書庫からアンラの薄干しをとりだし、リオンと二人でかじることにした。
軽く粉が吹いた黄色い干し果物を舌の上に乗せていると、甘みと酸っぱさで頭がすっきりしてくる。
「そういえばお昼ご飯食べそびれちゃった」
「僕もだよ。晩ご飯はがっつり目に食べたい」
——カチャリ
けだるげにそんな話をしていると、会議室のドアが開いたので慌てて立ち上がった。
「じゃあ、明日十時にクランリーダーを連れてきてください」
「はい。ご迷惑をおかけいたしました」
リザさんとバイターのトラ獣人の女冒険者が出てきた。
こちらに気づいた女冒険者が近づいてきて頭を下げた。
「二人とも、強引な勧誘したあげく決闘までさせて悪かったわ。ごめん」
さっきの事情聴取で、牛獣人はリオンをクランハウスに呼び込んで新人のしごきと称して乱暴しようとしたらしい。
改めてはらわたが煮えくりかえる思いだったけど、今後の奴の人生を考えるとどうでもよくなった。散々殴り倒したというのもあるけど。
「バイターは解体されて他の獣人クランに上納金を納める下部組織になるわ。あのバカはもう犯罪者だからブラディアから追い出されるけど、バイターのメンバーが報復をするかもしれないから気をつけてね」
まあ貴方たちなら返り討ちにしそうだけど、と苦笑する女冒険者にリオンが話しかける。
「貴女はこの後どうするんですか?」
リオンが心配しているのは彼女がなんのペナルティも受けなかったからだろう。
報復の危険、ということならあ彼女の方が可能性がありそうだ。
「ソロだとまずいからどこか他のクランに入れてもらうつもりよ。これでも銀級九位だから、なんとかなるでしょ……。改めて、私が事件と無関係だって言ってくれてありがとね。それじゃ」
笑って去って行く相手にリオンも安心したようだ。
「さ、はいって。次は貴方たちの番よ」
見送っていたリザさんにうながされ、僕らはもう一度会議室へ入った。
見晴らしの良い窓を背にして書類を見ているのは、辺境伯軍警備隊のトレヴィル隊長だ。
ギルドの治安維持部門の長も兼任しているので結構偉い人になる。
「パーティ『プラント・ハンター』ザート、リオン両名は今回の決闘事件について、複数の証言と聴取により過失なしと認められる。よってこのまま放免とする」
広い部屋に簡潔な申し渡しが響く。この隊長、基本的に声がでかいんだよな。
「ただし」
こちらの考えている事が分かったのか、明らかに僕に目を合わせながら釘を刺してきた。
「今回の件でプラント・ハンターの二人は、銀級七位と張り合う実力を持っているとみなされただろう。上手く立ち回ったつもりかもしれんが、まわりが騒がしくなる事は覚悟しておけよ」
片眉を上げてニィと笑うトレヴィルさん凄みがきいてます。キレッキレです。
笑い声を上げながら退室していく姿を見送りながらため息をついた。
もしかしたら聞き取った内容で、僕らがクランと距離を置きたい事が推測したのかもしれないな。
「事件の聴取とギルドからの処分は以上です。二人ともお疲れ様。ところで、私からも忠告していいかしら?」
リザさんが出て行こうとする僕らを呼び止めてきた。
え、まだなにかあるの?
「貴方たち、壁を降りて直接第三港に行こうとしてたでしょう? それだと元バイターのメンバーから報復を受ける危険があるわ。長城壁の上を通る直行便で、なるべく早くに領都を出なさい」
この口振りだと、バイターはギルド内でも信用されていなかったんだな。
リオンに顔を向けると問題ないとうなずかれた。
「ありがとうございます。出発は明日昼ごろの予定でしたが、早朝にします。それで一つお願いが……」
こちらの要望を伝えると、リザさんはため息をつきつつも、手早く地図を描いてくれた。
行き先はもちろんガッツリ系肉料理の名店だ。さすがリザさん。引き出しが多い。
「じゃあウィールド工房に寄ってから……」
行こうか、とリオンに言おうと振り返った。
「お店ってもうディナータイム始まってるんですよね! よし、ザート行こうか!」
「……うん、行こうか」
見えないリードに引きずられ、僕は犬耳を生やしたリオンの後を追いかけていった。
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