第09話【初めての決闘】
雨上がりの前庭にさす初夏の光が、宿からでた僕の目にようしゃなく飛び込んできた。
目を閉じ、一つ深呼吸をして、雨水の匂いがのこる空気で肺をみたす。
「さて、とりあえず名所巡りにでもいこうか」
旧市街区には貴族や商会頭取など富裕層の住宅がならぶ。
具体的には辺境伯を寄親とする辺境六爵、各ギルド幹部、貿易商の本邸や別邸、そしてクランのメンバーの集会所であるクランハウスだ。
今では辺境伯の儀礼くらいでしか使われない旧目抜き通りを北に上り、出城より重厚に作られた辺境伯居城を眺めながら東に曲がる。
貴族の豪華な建物や庭を見ながらぶらぶら歩く。
通りに冒険者がちらほらと見えるようになったあたりで地図に書かれた目当ての場所に入った。
「おつかれー……ってごめん、お客さん? 入団希望かな?」
「はじめまして。銅級十位のザートといいます。入団条件などいくつかうかがってもいいでしょうか?」
開放的なラウンジでくつろぐお兄さん達の視線を浴びながら、目の前にいた魔法使いらしいお姉さんに胸にかけた冒険者証をみせた。
ノースリーブのまぶしいお姉さんと別れた後も、同じようなノリでクランハウスに片っ端から入っていった。
なぜこんなことをしているかといえば、クランに所属せずにすませるためだ。
僕とリオンはかなりの早さで銅級になった。
この事はいずれ知られるので、勧誘も激しくなるだろう。
そうなる前に複数のクランと仲良くなっておく。
複数のクラン同士がにらみあう事で、僕らは結果的に独立を保てる。
絶対では無いけど、今のうちにやっておいて損になる事じゃない。
――◆◇◆――
クランハウスへのあいさつ回り、という名の根回しを終えた僕は、今日のもう一つの目的である買い出しを始めた。
貴族街外れの本屋では魔方陣の実用書と術用筆記具、スクロールの基盤としての羊皮紙を買った。
これらを使って旅の間少しずつスクロールを仕上げていけば、かなり快適な冒険者生活が送れるはずだ。
さらにギルドで調達するのが面倒な毛布、炊事用品や雑多な消耗品も買っておく。
誰が見ているかわからないので、書庫に入れずにバックパックに入るくらいにしておこう。
いや、誰が見ているか分からない、じゃなくて、見られているから、かな。
「おい、銅級。けっこう買い込んでるけど……お前どこのクランだ?」
視界の端にちらついていた影の方を見ると、男女の獣人冒険者が立っていた。
僕に背を向けて。あれ?
「いえ、クランはどこにも入っていません。パーティは組んでます」
聞き覚えのある、凜としたアルトが聞こえてきた。
冒険者の肩越しには見慣れた灰色の髪があった。
冒険者達が因縁つけてるの別人かよ。しかもリオンかよ!
殺気に気づいてました感出してた自分がはずかしい!
「そうなの。どう、私たちのクランを見てみない?」
女性の方が優しそうな声で誘っている。
「クランの名前をうかがってもいいでしょうか?」
「バイターよ。聞いたことないかしら? 自分で言うのもなんだけど、結構有名どころよ」
いや、聞いたことあるよ。悪い評判をな。
「バイター、ですか。確か中つ人は入れないと聞いてますが? 規約の変更でもあったんですか?」
リオンはごく自然に受け答えをしている。
むしろ有名どころに声をかけられているのに平坦なくらいだ。
もちろんジェシカから悪い評判を聞いているリオンが良い反応をするはずがない。
あ、男の冒険者の尻尾がムチのようにビタビタいってる。いらだってるな。牛獣人か。
「そ、そうよ。これからは中つ人にも門戸を開こうと思ってるの。だから新品のプレートをさげている貴方に声をかけたってわけ」
周囲に人が集まりはじめたのでトラっぽい女冒険者が隣の男をみながら焦りだした。牛の男が問題児なんだな。
「せっかくですがお断りします。他のパーティメンバーの事もありますので」
頭を下げるリオン。
が、答えたのは女冒険者のほうじゃなかった。
「ただの見学だっつってんだろ? 一回みてそれからメンバーを説得すりゃ良いじゃねぇか」
さっきまでだまっていた牛獣人の冒険者がいきりたっている。
「すみません、私達はクランに入るつもりはないんです」
リオンのはっきりとした拒否でさらに剣呑な雰囲気が増した。
「ほぅ、じゃあおめぇクランに入らなくても俺みてぇな上級とけんかできるってんだな?」
「できます」
牛獣人がグローブをはめた。
周囲からざわめきがおこる。
これは冒険者のけんかの合図だ。
相手がグローブをはめれば両者合意の上の戦闘なので、冒険者の資格に関わる違反履歴にはカウントされない。
リオンも躊躇無くグローブをはめようとする。
今わかった。彼女は魔獣や魔物だけじゃなく、人とも戦う覚悟をもっている。
それは大事なことだけど、今回はちょっと待ってほしい。
「リオン、ごめん。ここからは僕にやらせてほしい」
「ザート!? なんで!」
突然グローブを抑えられたリオンが驚きつつ抗議する。
リオンのグローブをはめる手が止まると同時に、僕は素早くグローブをはめた。
「今後のために必要な事なんだ。後で説明するからさ」
観衆はもう肉のリングを作って見世物が始まるのを待っている。
「誰だおめぇ!」
「こいつのパーティリーダーだ。やるか? おりるか?」
相手に考える時間はあたえない。
「てめぇの後に女。両方つぶすにきまってんだろぉ!」
たがいに身体強化した状態で殴り合いが始まった。
牛獣人は典型的なインファイトのパワーファイターだ。
普段使っているのは斧なんだろう。斜め上からの鉄槌を多用している。
リーチが短いかわりに肘が伸びないので関節はとりづらい。
こっちは距離を取るアウトボクシングスタイルでいく。追い詰められないように余裕をもったステップでよける。
しびれを切らせた相手が一気に間を詰めようとした。チャンスだ。サイドステップからぶつかるように前に進んだ。
タルを抱えるように腕を前に出す、
牛獣人がこちらの変化に驚きつつ、反射的に右手から鉄槌打ちを繰り出した。
——ズン!
体軸を右にずらし、相手の鉄槌を左腕ですり落とすと同時に、わずかな動きで右拳をフックの要領で相手の左顎にたたき込む。
追撃を加える。
踏み割るように地面にかかとを打ち付け、生まれた力を相手の身体にたたき込んでいく。
もはや観衆は完全につかんだ。
相手はたまらず後ろに下がり、崩れ落ちる。
だが寸前で止まった。
『ローアタック』
コトダマが響く。スキル使用は完全な反則だ。
地面すれすれで止まった牛獣人の身体がギリギリでとどまり前に跳躍する。
牛獣人の特徴である一対の角は完全にこちらを捉えていた。
だけどメジャーなスキルを対人で使うのは最大の悪手でもある。
僕はただ二歩だけ後ろに下がった。
すさまじい勢いだった牛獣人の身体が僕の頭一つ手前で止まる。
スキルは決められた動きを、自分の最大のパフォーマンスで放つものだ。
決められた動きである以上、途中で止められないし、延長もできない。
——パグォ!
こちらを見上げた牛獣人の顔を『今の』身体強化で蹴り上げた。
このままじゃ死ぬかもしれないので、宙を舞った身体が地面に墜ちる前に回復させる。
「ヒール」
ヒール十回分であるヒール・デクリアを牛獣人にかけた。
回復の淡い光をまとったまま男は地面に落ちる。
デクリアはハイ・ヒール以上の効果があるから動かなくても気絶しているだけだろう。
——オォォォ!!
周囲の人垣から歓声がわきおこる。
その向こうには、さっきあいさつしたクランの人達が驚愕の表情を浮かべて立っていた。
これで勧誘は僕に集中するだろう。
リオンがトラブルに巻き込まれたから予定が早まったけど、結果的には上々かな?
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