第06話【ヌマル亭で異世界料理】

「たーだいまー」


 引き戸を開けたジェシカにつづくと、カウンターにいた子供が椅子から飛び降りやってきた。


「いらっしゃいませ、ヌマル亭にようこそー」


 丁寧に頭を下げて出迎えてくれたのは黒い髪をした猫獣人の女の子だった。


「宿泊の手続きをお願いできるかな? 二人で二泊だといくらになる?」


「朝ご飯がついて二万八千ディナになります。晩ご飯は二千ディナです」


「じゃあ、今晩のご飯込みでお願いするよ」


 銀貨三枚と小銀貨二枚を渡すと女の子はニコニコしながら宿代を受け取って腰に巻いたエプロンのポケットにしまい込んだ。


 女の子は再び椅子によじ登って帳簿を付けている。

 女の子の服も替わっている。灰色のワンピースを赤い布のベルトで巻いているのか。

 東ティランジアの民族衣装にちかいけど、みたことないデザインだな。


「ジェシカ、建物を見たときに思ってたんだけど、お店の人ってホウライ皇国出身の人?」


 ホウライ皇国? そんな国あったかな?


「そそ、なんか色々あってここに居着いたらしいよー。ちなみにこの子は一人娘のハイネちゃん」


 リオンが少しかがんでハイネと握手する。

 

「リオンだよ。よろしくねハイネちゃん」


「よろしくおねがいします、お部屋にご案内しますー」


 僕もあいさつして二人の後についていく。


 ジェシカは女将さんに紹介料をねだりに行くといって食堂の方へ行ってしまった。


「リオン、さっき言っていたホウライ皇国って?」


「ホウライ皇国はティルク大陸の東にある国だよ」


 東ティランジアの東を進むと天蓋山脈という世界で一番高いといわれる山々がある。

 そこを超えるとティルクという全然文化の違う大陸が拡がっているらしい。

 

「天蓋山脈の向こう側の文化なんてよく知ってるな」


「ふふ、意外と博識でしょ?」


 得意げにリオンが胸を反らしていると部屋についたようだ。ん? そういえば一人部屋を二つ、って僕いったかな?


「お部屋はこちらですー」


 中に入ると、二人が余裕で寝られるサイズのベッドがあった。

 

「ザ、ザート……どうしよう」


 リオンがオロオロしてベッドと僕を交互に見ている。

 うん、これは僕のミスだ。

 冒険者は野営で二人きりになったりするけど、だからといって部屋も一緒にしていいというわけじゃない。プライバシーは大事だ。


「ハイネ、僕ら普通のパーティだから部屋は別々が良かったんだ。先に言ってなくて悪いけど、新しい部屋をお願いできる?」


「え! そうだったんですか。ごめんなさいー」


 ハイネは慌ててパタパタと他の部屋を探しに行ってくれた。

 

「ごめんリオン。気が利かなかったよ。宿の取り方はコロウ亭の時と同じにしような」


「そ、そうだよね。わかった」


 リオンはほっとした顔で笑って許してくれた。


「大丈夫でした! こっちですー」


 幸い一人部屋は空いていたようだ。

 危ない、いきなりパーティがギクシャクするところだったよ。

 


   ――◆◇◆――


「あ、ザート。こっち来い−」


 食堂に入るとジェシカとリオンが同じテーブルに座っていたので一緒に食べることにした。


「二人とも何を食べてるんだ?」


「「魚!」」


 聞けばホウライ料理を知っている人はみんな魚料理を頼むらしい。

 獣人が主に好むのであまり知られていないけれど、中つ人も好きな人はやみつきになるとか。

 二人が熱く語るので、せっかくだから食べてみようかな。


「美味い!」


 料理は王国はもちろん、ティランジアの料理と比べても全然違う味だった。

 東ティランジアのガルムに似たものを使うらしい。基本同じような香りがする。

 焼き料理、蒸し料理もあるけれど、特にこの、ウナギをスープにせず、良い香りのするソースにまるごと漬けて焼いたのが美味しい。

 焦げた香りが食欲をそそる。


「お、ザート、ハシをうまくつかうねぇ。ハシは元々ティルク大陸から来たんだよー」


「へぇ、ティランジア料理を食べる時に使ってたけど、ティルク大陸の文化だったのか」

 小さな器に盛られた野菜をつまんでいるとジェシカが珍しく素直にほめてきた。

 とはいえ、ジェシカとリオンの方がよほどうまくつかっている。

 魚の骨って片手でとれるものなのか……


 気がつくとジェシカが店員さんから酒器を受け取っていた。


「今日は臨時収入があったから呑むよ。二人ともちょっと呑んでみー」


 ジェシカが磁器のショットグラスを差し出してきたので受け取る。

 中をのぞくと白ワインみたいな液体が入っていた。

 甘くてくだものみたいな香りがするから果実を漬け込んだ酒か?


「……! つ、強っ!」


 飲むときに吸い込んだ空気に少しむせてしまう。

 

「これはホウライの酒だよ。麦と同じ穀物でつくるのにワインより強い酒になるなんて不思議だよねぇ」

 

 僕がむせる様子がおかしいのかケタケタ笑うジェシカと、まだ飲んでいない杯をもって苦笑するリオン。

 こいつら僕がいない時に話を合わせてたな。


「すいません、これもう一つ、ジェシカの払いでおねがいしまーす」


「おい待て、ウチの臨時収入がなくなるだろう」


 ジェシカが店員にキャンセルしようとするけど、店員はすばやく酒を用意してしまった。

 ニヤリと笑う店員、さすが常宿の店員、わかってらっしゃる。


 人をだまし討ちする奴の臨時収入は宿に還元させてもらった!




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