第07話【リオンのつぶやき】
〈リオン視点〉
まだ飲み続けるというザートとジェシカを残して先に部屋に戻る。
照明が下から照らすベンガラ色の廊下を通り、引き戸を開けて部屋に戻ると縦縞の影が床に伸びていた。
夜になってもまだ暑さの残る初夏の空気が縞格子の向こうから流れてくる。
窓際から下を眺めると、外で食事をしてきたのだろうか。気持ちよさそうな商人風のおじさんやくつろいだ姿の冒険者が歩いている。
けれど宿の照明に照らされる人の姿はまばらで騒がしいわけじゃない。
ギルド前広場や様々な店がならぶ大通りの喧噪が遠くに聞こえる。
耳で感じる距離が、この宿の静かさを際立たせている。
「ふぅ、やっぱりホウライ酒は強いな……」
久しぶりだったのでちょっとだけ飲み過ぎてしまった。水差しからコップに水を注ぎ、一口飲む。
ザートは明日大丈夫なのかな?
明後日にウィールド工房に寄ってから領都を離れる予定だから、自由行動は明日だけなんだけど。
大丈夫か。ザートはどんなに騒いでいても二日酔いになっているのを見たことないし。
普段は如才なく立ち回るのに、ザートは時々ひどい。
今日だって部屋を一人部屋と指定し忘れるし。わざとじゃないよね?
モル先生というおじいさんにもパーティ名を決めた時の事をあっさりしゃべっちゃうんだもん。
なにか違う理由を言った方が良いらしいから考えてくれないかって、知らないよ!
でもパーティ名を決めた時の事は他の人には話したくないなぁ。
やっぱり何か別な理由を早く考えよう。
ザートが本当の理由を人に言うたび顔を赤くしてたら身が持たないもの。
『せっかく良い季節になるところなのに、離れるのはちょっと寂しいね』
グランドルを発つ前、昔、花を育てていた頃を思い出してなんとなくつぶやいた。
自分で選んだ事だから後悔はしていないけど、やっぱり一つ所にとどまる生活に未練があったんだろう。
『僕の書庫は時間も止まるから苗でもいいよ。とにかく冒険の思い出だ。引退したときに大きな庭に全部植えるんだよ、最初のパーティとしての目標として、どうかな?』
ザートがいかにも良い事を思いついた! と言わんばかりに聞いてきた時はものすごく驚いた。
雰囲気から、そういう意味じゃない事はわかってはいた。
それでも、頭ではわかっていても顔が赤くなるのを止められなかった。
だって、同じ庭を眺めて暮らそうなんて、まるで結婚する約束みたいじゃないか。
私はそれまで冒険が終わった後の事、なんて全然想像できなかった。
リズさんに、人生設計は考えておいてね、とは言われていたけれど、正直ピンときていなかった。
目的を果たせるかどうかひどく不安だったのに、先の事を考える余裕なんてなかった。
それなのに、ザートから提案された時に、ひどく鮮やかに、すべてが終わった後の二人の和やかな雰囲気が想像できてしまった。
「庭いっぱいの思い出か……かなったらいいなぁ」
私は今どんな顔をしているんだろう。どんな顔で幸せな未来を想像をすればいいんだろう。
虫かごのような縞格子の向こうの喧噪に耳を傾け、再び水を口にした。
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただいている方、新しく目を通して下さっている方、ありがとうございます。
リオン主観の一幕です。
出会ってすぐにベタ惚れな訳ではないのですが、なかなかに乙女なリオンの雰囲気が伝われば幸いです。
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