第68話【コロウ亭最終日(1/3)】

 この季節に咲く花々やナムティヌスの茂みの横を通り過ぎると、アルガンザスの咲く一角が見えてきた。


 階段をおり、まだタル一つ置かれていない入り口を通って食堂に入る。

 食材を持ち込めばマスターが弁当を作ってくれると言っていたからだ。



「やあ、数日ぶりだね」


 カウンターではウルヴァストン子爵閣下がこの店の名物ウルフェルを飲んでいた。

 リズさんもいる。なぜかカウンターの内側に。

 まあ、予感はしていたけどね。


 少しだけど、店にはすでに客が入っている。それでも誰も騒がないということは、子爵がここに来るのはわりと知られている事なんだろう。

 リオンと苦笑しつつあいさつにむかう。


「お声がけ痛み入ります。先日は、格別のご配慮をいただきありがとうございました」


 二人で頭を下げると子爵は手をパタパタと仰いできた。先日よりだいぶフランクですね閣下。


「やめてくれよ。そういうの生まれたころから肌に合わないんだよ」


 口調も酒が入っているからか、柔らかい。

 生まれたころから、というのは聞こえてないふりをすればいいんだろうか。


「いいかげん、ジョージさんは慣れた方がいいと思いますよ。あ、ザート君、コロウ亭のバカップルはポーション蒸し風呂の用意で遅くなるから先に始めてていいらしいわ」


 リズさんがウルフェルのおかわりを子爵の前に置く。

 少しは二人を見習って下さい、というリズさんのつぶやきは聞こえないふりをしておこう。

 しれっと小さいサイズのジョッキを置いている所に、二人の付き合いの長さが見て取れた。

 あとマスター達をディスる所についても以下同文。


 

 リズさんにうながされて席につく。

 ついで、流れるようにウルフェルのジョッキ二つがリズさんによって置かれ、さらに横からマッドロブスターの半身を豪快に乗せた深い皿があらわれた。

 身を横たえるロブスターからは、今も黄金色のスープが流れ出ている。

 ぶつ切りにされた真っ白い身はふっくらした艶めきをとどめ、複雑な香りのソースで彩られていた。


「おごりだよ。今日が最後なんでしょ? あんまり話す機会なかったけど、またきなさいよ!」


 ふりむけば厨房のスタッフさんだった。あわててお礼をいう。

 手を振ったあと、厨房に帰るついでにカウンターの端においた食材を持っていく。あ、こっちを見てた他の娘とハイタッチした。

 多分明日の弁当について、マスターからきいているんだろう。


「ザート、美味しいよこれ。早く食べないと火が通り過ぎるよ!」


 いつの間にかリオンは小鉢に盛ったスープと身をツマミにしてウルフェルで喉をならしていた。

 リオンの呑み方もここに来て以来、豪快になったもんだ。


 綺麗に盛られた小鉢からスプーンに身を乗せて口に入れる。

 美味さで意識とんだ。

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