第65話【調査報告4:エルフの研究】
「グランドル領の名前は彼の名前、グレンデールから取っている。記録上、彼はこの領地の初代領主だった。そのグレンデールが君たちに倒されるまで古城にいたとはね……」
子爵はソファに身体をあずけて目をつぶってしまった。
様々な考えを巡らしているのだろう。
リズさんがいれてきた紅茶で口をしめらせてから、子爵はかたり始めた。
「次に古城だが、本来はタリム川に沿って作られる第三長城壁につながる要塞として使われる予定だった。古城が放棄されたのは魔素だまりができたからだ」
それは冒険者の間で昔話として伝えられているから知っている。
でも僕はその理由に疑問を感じていた。
「魔素だまりがうまれたからといって、城一つまで放棄するでしょうか? 魔獣を倒し続ければ短期間で魔素だまりは消えるものですよね?」
僕の問いに対して子爵が沈黙する。
沈黙の理由がわからずに緊張感だけが高まっていく。
子爵が一つ深呼吸をした。
「魔素だまりが生まれたのは多くの冒険者が寝起きする城の床だった。そして城の城門は何者かに閉ざされていた。と、外で見張りをしていた者が証言したらしい」
聞いた瞬間、理解する前にイメージが脳裏に浮かんだ。
第三要塞の中で寝る建築を請け負った冒険者達。
閉じられた城門。
浮かび上がる魔素だまりの波紋。
引退間近の冒険者が苦しみ出す。
彼の視界は赤く染まっていた。
ほどなく他の冒険者もつづく。
彼らは城門に殺到するが、固く閉ざされた門は動かない。
魔素だまりに漬け込まれた人々が魔人へと変わっていく。
「何者かが、冒険者を魔人に変えた、ということですか」
「そうだ。城にいたのはグレンデールのクランだった。人を襲う彼らを狩人達は第三要塞まで押し戻したが、最後のとどめをさせなかった。なぜなら城に入れば魔素だまりに沈められ魔人にされてしまうからだ。攻めあぐねた当時の辺境伯は橋を打ち壊し、川をせき止め、結界を施して封印した。長い期間をかけ、周りの魔素だまりを潰していき、古城を弱らせる策を取ったんだ。これが古城が放棄された真相だ」
一息おいて、子爵がカップを取り上げる。それにあわせて僕らも紅茶で渇いた口の中を湿らせた。
「犯人の有力候補にグレンデールも上がっていたけれど、証拠がなかった。しかし今回君たちが持ち帰ったボスの凝血石によって、犯人は魔人グレンデールだったと推定できた」
「それで、犯人はグレンデールだったと広めると都合が悪い、ある勢力というのはどこですか?」
僕の問いに、子爵は鑑定機の上の凝血石をちらりとみた。
「エルフだよ。グレンデールはエルフだった。魔術学院のエルフは学院の発足時から同族に伝わる秘術の研究を深め、魔素だまりから直接凝血石をとりだす研究を独占して行っている」
魔術学院か。確かあそこはエルフと非エルフとで派閥がわかれていたな。
「エルフと対立する派閥は、以前から”エルフは魔獣や魔人の軍事利用を企んでいる”と非難していた。グレンデールのおこなった、魔素だまりを発生させ、魔人の集団を生んだ行為は十分軍事利用と言える。対立派閥にとって、エルフの派閥を批判する格好のネタになるんだ」
だからグレンデールの件を広めるとエルフににらまれるわけか。
「理解しました。決して口外しないようにします。代わりにもし、僕らがエルフににらまれるような事があった時にはご助力をお願いします」
「承った」
子爵の約束をとりつけた僕らは丁寧すぎるほど深く頭を下げた。
子爵には是非僕らを守って欲しい。さらにいえば、神様でもなんでも、エルフと自分達を遠くに離してくれるならいくらでも祈りたい気分だ。
僕はエルフから遠ざかりたい理由を二つもかかえているんだから。
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