第62話【調査報告1:帰還】
早朝に野営地を出立し、第二要塞に急いでもどった。
要塞の地上階の職員に馬車を預け、ギルド受付まで螺旋階段を駆け上がる。
ところでこの心臓破りな階段はどうにかならない? ならないか。
「あ、リオザーさんおかえりなさーい」
羊獣人のララさんが、くせ毛をいじりながら書いていた書類から目を上げた。
時間的に、お昼休み明けかな。
「ただいまもどりました。ララさん、今変な呼び方しませんでした?」
「えー、だって二人の名前を呼ぶのって前から面倒だったんですよ。リオザーさんでいいじゃないですか。嫌なら正式なパーティ名を早く申請してください」
書類上でもいちいち面倒なんですよ、と愚痴られた。
なるほど、僕らがパーティを組むって話、まだ一般職員までおりていないんだな。リズさんあたりが気を利かせてくれたのかも。
「うーん、わかった。じゃあパーティ名は後で考えておくよ」
リオンの素直すぎる返答にララさんがなぜかガッツポーズをとった。
「それより堤防修理の件で副マスかギルマスに報告することがあります。二人はどこにいますか?」
このままだと捕まってしまう予感がしたので、いそいで要件を伝える。
ララさんも真面目な話だと察してくれたのか、急いでカウンターから出てきた。
「二人なら幹部室にいますので、一緒に来ていただけますか」
階段をのぼり、数日前に通り過ぎた重厚な扉の前にたどり着く。
先を歩き、部屋の中に入っていたララさんが丁度でてきた。
「お二人ともいました。どうぞ入って下さい」
うながされて入った幹部室は豪奢ではないけど、風格ただようつくりをしていた。
「おう、おつかれー」
一番重厚な机にすわるマーサさんは赤い髪を白いカチューシャで飾り、エプロンドレスを着ていた。
獅子をあしらった肘掛け椅子の上で遅めの昼食なのか、カツサンドを両手で食べる姿では風格もなにもあったもんじゃない。
「真面目な話らしいから、これは下げておくわね」
「あ、後で食べるからな!」
リズさんが皿をひょいと取り上げ、お茶を入れに簡易キッチンへ向かうララさんに渡してしまった。
「それで? 急ぎなんだろ? 堤防修理でなにか問題でもあったか?」
見た目だけなら子供のごっこ遊びなんだけど、発する威厳はたしかに組織の長だ。
報告は真面目にしよう。
「はい。まず堤防の修理は終わりました。ただその際に、沼の巨人を確認しました」
「なんだそれだけかあ? 沼の巨人なら逃げられただろ?」
マーサががっかりした顔で背もたれに寄りかかる。
確かに、沼の巨人はまれだけど堤防の外でも確認される魔物だし、鉄級冒険者でも、会ったら荷物を置いて逃げる、でなんとかなる存在だ。
「いえ、多数というのが、一桁じゃなくて、三桁台なんです。百体以上が川底でひしめいていました」
リオンが追加の説明をしたところで場の雰囲気が一気に変わった。
「はぁ!? そんなのダンジョンの魔獣氾濫……、おい、川底って、川が干上がっていたのか?」
「はい。堤防の決壊箇所では外側の方が内側より低くなっていました。いわゆる天井川でした」
リオンの説明に説明を受けた三人が動揺している。
確かに、事前の話に川底が干上がっているという情報はなかった。打ち上がった魔獣に舞い上がっていて気づけなかったな。
それにしてもスタンピードとは穏やかじゃない。
「クソ、だから沼の巨人みたいな陸棲魔物が出てきたのか! おいリオン! 堤防は間違いなく全部塞いだんだよな!」
「間違いなく塞ぎました。どの決壊箇所も堤防の高さは五ジィ程度はありましたので、すぐに登られることはないと思います」
落ち着いたリオンの説明でマーサさんの興奮が少し収まる。あそこで魔物が氾濫すれば、近くの集落は壊滅するだろうからな。不安も当然だろう。
「それならまだ時間に猶予はあるか。ララ、鉄級四位以上に非常招集をかけろ。古城封鎖マニュアル通り、上陸可能地帯を囲む防衛線を張って古城まで押し戻す。あたしは前線にはでられないけど指揮はするからな」
マーサさんが、立ち上がりながらララさんに対応指示をしていく。
「それにしても長年の採掘で土砂がたまったか。これからは水害の度にスタンピードの可能性がでてくるな。いっそボスを倒してしまったほうが……」
まずいな、予想以上に深刻な話になってきた。今更ボスなら倒しましたよ、とか言い出しづらいじゃないか。
「ボスならザートが倒しましたよ」
リオンが誇らしげに報告するとギルドの三人が固まった。ついで僕に目が向けられる。
空気を読まないリオンのせいだ。僕は悪くない。
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