第61話【湖上の月】
今日は濃い一日だった。
珍しい魔獣を観察して、沼の巨人から逃げ、魔境になった古城に入り込み、内部を半壊させ、自分達もボスに潰されそうになって、最後は逆に潰して倒した。
戻ってから本来の目的である堤防修理を二時間で終えて帰途についている。
今は食事も終わり、食後に薬湯をすすっているだけだ。
棚上げにしてたジョアンの書庫についての話をしよう。
「リオン、またせちゃったけど、僕のこれについて説明するよ」
バックラーを書庫から左手に転移させ、機能について軽く説明と実演をした。
リオンは真剣に説明を聞いていて、終わると共にゆっくりとため息をついた。
「ふぅ……ハハ、何度見てもびっくりするね。マジックボックスと鑑定の機能をあわせ持った法具だなんて、今でも信じられないよ。秘密にするのも当然だと思う」
苦笑したリオンはたき火に顔を向けたまま、長いまつげを伏せてじっと言葉をまっている。
「……これは叔父の形見なんだ。僕自身は身体強化と魔力操作の練度しか取り柄がないから、どうしても失いたくなかった」
使い込まれた、金属でありながら少しだけ透けている不思議な素材のバックラーをなでながら話す。
これがあるから上を目指せる。これを失いたくないから上を目指す。僕にとって書庫は手段と目的が入り交じった不思議な存在だ。
「その……”ジョアンの書庫”を人前で使わないためにザートはソロでいようとしたんだよね。だとしたら、私のロングソードを手に入れるという目的に巻き込んだせいで、秘密を暴いてしまった事になるよね……ごめん」
向き直ったリオンが僕の目をみて、頭を下げた。
「うん、結果的には、そうなるね。でも僕は怒ってもいないし、パーティを組んだのも後悔していない」
書庫から取り出した薪を火に継ぎ足しながら答える。
「子爵から仕事を受ける時には、秘密がばれる可能性も考えていたよ。でもばれても良いと思ったから受けたんだ。ばれるならリオンが良いっていう打算もあったし、ってどうしたの?」
リオンがひざと腕の中に顔を埋めて震えている。
ソロ冒険者のリオンなら口も固いだろうという打算もあったんだけど、やっぱり直接いうのは失礼だったかな?
「いや、大丈夫。くしゃみしそうになっただけ、だから」
そういって鼻をならすリオンの顔は、たき火に照らされていてもなお赤くなっているのがわかる。
「川風が強くなってきたかな。――土よ」
急いでリオンの周りにクレイで壁をつくった。リオンはありがとうと言ってすこしたき火の近くに座り直した。
「話を戻すけど、ばれても良かった。けれど、出し惜しみしていた」
首をかしげるリオンにいっそう罪悪感がつのる。
「リオンにがれきが迫っていたとき、僕はすごく後悔をした。もっとはやくリオンに書庫の秘密を明かしておけば、協力して、全力も出してボスを倒せていた。書庫に頼り切りだったくせに、秘密にしたいから出し惜しみをしていたんだ。保身のせいでリオンを危険にさらしたのをすまないと思っている」
そういって頭を下げた。
「そうか……うーん、わかった。でもさ。これから先、秘密を知った私の前で、ザートは出し惜しみをする必要はないよね?」
リオンがいつも通りの調子で語りかけてくるので、おもわずうなずく。
「じゃあザートが今している後悔は、二度と起こらないよ。私がフォローするから」
思わず、リオンをみつめてしまった。
「うん。私が、後悔させないよ。もし後悔するような事が起きたら。それは私たち二人で後悔しよう」
勇ましくぐっと拳をつくってうなずくリオンに、つい笑ってしまった。
大量の岩が自分に襲いかかる瞬間をリオンはみているだろうに。その状況をつくった当事者を励ますリオンがどうしようもなく……なんというか。
「有り難いパーティメンバーだ。今後とも、よろしくおねがいします」
「うん! よろしく!」
子爵の依頼でなしくずしに決まった僕ら二人のパーティは、ようやく今正式なパーティになった。
目を移すと、遙か湖上に浮かぶ、柔らかな月の光をうつす波がきらめき踊っていた。
今夜は月が綺麗だ。
――◆ 後書き ◆――
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