第59話【沼の巨人、上位種(終)】


 崩落した城壁のがれきの中には、僕達を中心として直径四ジィほどの空き地ができていた。


 リオンの隣に滑りこんだ後、天井から迫る落石の前に全力で、直径四ジィの書庫の大楯を展開し、すべて収納し尽くした。


 見上げた先に石がなくなった後、首だけを左に向けて彼女の無事を確認した。

 うつ伏せに倒れ込んだ横顔から見えるリナルグリーンの瞳と目が合う。


「大丈夫、いけるよ。魔法もまだつかえる」


 起き上がりながら不敵な笑顔を見せた。

 強いな。がれきの崩落で潰される寸前だったのに。


 そうだ、まだボスは生きている。

 彼女が無事だったことで安心しかけていた心を引き締めた。


 まだ粉塵が収まらない中で、改めて状況を確認する。

 魔力を無理矢理通したけど、体内の経路はまだ問題ない。

 がれきの山を登って粉塵の向こうにいるボスを観察する。 

 ボスは移動しているけど、こちらの生死を図りかねているのか、まだ仕掛けてはこない。


「リオン、吊り天井で仕留める。僕がボスの視界を奪うから、直径十ジィくらいのロックウォールを作ってくれ」


 簡単に打ち合わせ、行動を始める。


 さて、練習していたけれど、実戦は初めてだな。

 ”空を駆ける”なんて夢でみてなければ思いつかなかったよ。


 足場にあるベッドくらいの四角い石を大楯でしまう。

 そして何もないところに大楯を広げ、岩を頭だけ出す。

 書庫は物質の”状態”も保存している。”状態”には”静止”も含まれる。


——タンッ!


 だから岩の頭を蹴ればジャンプもできる。

 蹴った足場を消し、次の足下に岩を出した大楯を展開すれば、階段を駆け上がるように空中を駆け上がる事ができる。


 一気に駆け上がり、直下にボスを確認した。


『ファイア・アロー・デクリア』


 真上からの攻撃に対して、巨人はすぐにウォーターカーテンを展開して相殺した。

 

『ファイア・アロー・ケントゥリア』


 より広範囲に百本のファイア・アローを打ち出す。ボスの周囲で、蒸気が派手に拡がった。

 重ねて弾幕を張る度に蒸気が濃くなり、ボスが見えなくなる。

 

 同時に蒸気を囲むように黄色の輪が表れた。


『ロック・ウォール!』


 リオンの渾身のコトダマとともに、紅白が混じった花鋼岩の筒が此方に向かって迫ってきた。


 捉えた。

 あっけないけど、沼の巨人のボスとの戦いはこれで終わりだ。


『フォーリング・ウォール!』


 さっき収納したメインアーチのがれきを、勢いよく穴の中に放出していく。目の細かい礫から、石、岩へと念入りに。連続する震動が古城に響き渡る。


 離脱した直後、あふれ出す岩の重みに耐えられず、ロック・ウォールは破砕音を立て、ひときわ大きな音をたてて崩れ落ちていった。





「……もう大丈夫だな」


 岩の影から出てきたリオンと合流した俺は、警戒というより半ば感慨をもってがれきの山を眺めていた。

 

 崩れかけた古城に降り注ぐ光は、もうゆがんだ太陽の透明な光ではなく、雲間からさす穏やかな金色をしている。

 ボスはすでにいなく、魔境は解放されていた。





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