第57話【沼の巨人、上位種(1)】


「ボスも巻き込まれたかな……」


 眼下に広がるがれきの山を眺めながらリオンがこぼす。

 上を見上げると、空は晴れたままで、現実の曇り空に戻っていない。


「まだ魔境は解放されていない。下に降りて確認しよう」


 よほど練度が高くないかぎり遠距離からの気配察知で生死まではわからない。

 いつ不意打ちが来ても良いように身体強化をし、風魔法を使って地上の粉塵を払う。

 古城の側壁の内側にある階段に向かおうとした時、刺すような殺気を首に感じ振り返った。


「ザート後ろ!」


 目の前に三ジィ沼の巨人の蹴り足が見えた刹那、バックラーを構えて回し蹴りをカチあげた。

 反撃をしようとした時には巨人はその体からは想像できないスピードで通り過ぎ、城壁のへりに立っていたリオンに膝蹴りをはなっていた。


 巨人はそのままリオンを巻き込み壁の下に落ちていく。あのまま踏み潰されたら障壁を抜かれるかもしれない。


「リオン! 炎刃を使え!」


 空中に朱い炎が煌めき、巨人の青い腕が宙に舞った。

 精霊の炎刃で巨人の手を斬り落としたものの、リオンは落下したままうつ伏せてまだ起き上がれていない。


『ファイア・ウォール!』


 とっさにリオンと巨人を分断し、リオンの近くに飛び降りる。

 頭を振って起き上がったリオンを横目に炎の向こうを見据えた。


 唐突にファイアウォールが消え、立ち上った蒸気の中から巨人の姿が現れた。おそらく水系のスキルを使って消火したんだろう。

 リオンが斬り落としたはずの腕は何事もなかったかのようについていた。


「腕が再生している!?」


 沼の巨人に再生能力はない。

 改めて見ると背もでかい。身の丈も三ジィはある。

 こいつがボス、沼の巨人の上位種だとわかったけど、再生能力はやっかいだな。


 巨人が長い腕をもって足下に転がっていた他の巨人の戦斧を拾ってかつぐ。

 此方を値踏みするように細めた目は奸計を巡らしているようで、ゴブリンよりも知能が高そうだ。



「ザート、援護頼むよ!」


 リオンがボスとの間を詰め、手数で一気に押し込む。

 さっき空中で起動したから、炎刃のカウントダウンはもう始まっている。短期決戦で決めるつもりだろう。

 こっちもリオンが射線から外れるように位置取りをして炎魔法を中心に牽制をしていく。



 巨人は人間であれば両手でもつ戦斧を、まるで手斧のように扱っている。

 しかも体幹がぶれていない。魔物とは思えない武器の扱い方だ。

 リオンを繰り返し大質量の刃が襲うが、どれも彼女を傷つけるには至らない。

 一方リオン炎刃の力をもって舞い、着実に巨人の全身に傷を刻んでいる。

 

「左手!」


 巨人の左手を切り落としたけど、リオンは攻撃の手を緩めずに攻めたてる。巨人に再生能力があるなら油断できないからだろう。


『ストーンショット・デクリア!』


 こちらもリオンの攻撃にあわせ、散弾を戦斧全体に当てて動きを止める。


「よし、右手も……っ!?」


 炎刃をひるがえして戦斧をもつ右手も切り飛ばし、リオンがとどめを刺そうとした。

 しかし瞬間、光とともに再生した左手が戦斧をつかんでいた。


「ッ!?」


 振り上げた戦斧を転がりよけたリオンに対してボスが手首のない右手を前に出す。さっきこいつは水系のスキルを使っていた——。


「リオンよけろ!」


 叫んだ瞬間、巨人の腕が伸びるように、大量の水の柱がリオンの身体を吹き飛ばしていた。






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