幕間 【42−43話幕間】
―― 戦っている、夢をみた ――
身体を守るSPという鎧も、無きに等しい圧倒的な暴力の応酬。この場にいる人間と魔物達は紙一重で均衡を保っていた。
四方からは剣戟の音、魔獣の咆哮、魔法の詠唱、苦悶の絶叫が渾然となり洞窟内に響いている。
ここはわずかに静かだが、代わりに幕僚の矢継ぎ早の指示や伝令の足音が響き、その隙間をけが人のうめき声が埋めている。
「中位治癒魔法を使える奴いないか! けが人がいる!」
「はいただいま!」
俺の横を年端もいかない少女がすり抜けていく。今回の総力戦は年齢は関係ない。役割を全うできる人材であれば、ギルドはどんな人間も徴用せざるを得ない状況にきている。
「パーティごとブレスにやられたんだ……火傷がひどい奴から頼む」
自分達の持ち場に戻るのか、運び込んだパーティは俺と入れ違いに天幕から出て行った。
ひどい奴からって……五人全員がひでぇよ。
魔法防具のせいで外見はもっているが、顔色をみるにブレスのダメージは肺に達している。
時間が経つほど気道が塞がって、このままじゃ死んじまう。
「ああ、うそ……これじゃ全員治せない……」
うめき声の中にあってなお耳に届く、かすかな少女のつぶやきには絶望の色が見える。
少女は選ばなければならないのだ。誰を救い、誰を殺すか。
治癒職は前衛の様に命をかけていないが、決して楽な仕事ではない。
人の苦悶を見続け、時に自らの手で死という名の救いを与えなければならない。そんな仕事がどうして楽と言えるのか。
彼女は優秀な能力をもっているが、まだ手を人の血で汚すのは早すぎる。
「君、凝血石さえあればまだ治療はつづけられるのか?」
悲嘆にくれていた所に突然声をかけられておどろいたのだろう。少女は後ずさろうとして転んでしまった。
「は、はいっ! できます!」
「じゃあこれを使ってくれ」
少女の手にくたびれた袋を渡す。
「凝血石!? しかも高位魔獣のものばかり……いけません! あなたは前線の要じゃないですか!」
俺が誰か思い出したのか、感謝の笑顔をこわばらせて少女が袋を突き返そうとするが、その手は虚しく空を切った。
「余剰はまだある。心配するな」
ワイバーンとミノタウロスの凝血石を右手で遊ばせてから天幕の外にでた。
少女の言うとおり、そろそろもどらないとな。
足裏に光の板を展開し、みずからを打ち上げる。
慣性と重力が拮抗するわずかな時間、戦況を俯瞰する。
右翼、ドワーフの一団が騎兵に囲まれつつある。果たしてあの異形が”騎兵”と呼べるのかは疑問だが。
「関係ないか……複数展開、射出!」
騎兵とその随伴のゴブリンが密集している所に中規模の範囲魔法、さらに特製のバリスタから放った大型矢で矢衾を作った。
即座に足裏を打ち付け離脱。すぐ後ろを高火力の攻撃が通り過ぎていく。
上空に浮かぶ俺は、敵にとってはいい的だ。
空中を縦横に走り、味方の戦術の邪魔にならない形で遊撃を続ける。
違和感を感じ、敵の本陣に目を向けると、敵の陣営が突如として割れ、口を開けた巨大なワームのようなものが現れた。
「まずい!」
五感を奪い心を壊す毒が身体を侵していく。
だが五感の取り戻し方はわかっている。焦らず回復させよう。
まずは外界に障壁をはり、失われた五感を取り戻すために意識を内に向ける。
取り出したナリハゼの鞘を割り、耳に刺激を与えて聴覚を取り戻す。
次は嗅覚、味覚だ。五聖薬を練り込んだ丸薬を口に含み、匂いと味を取り戻す。
次は触覚なんだが、さっきから身体を支えている障壁の手触りが妙だ。
触覚が戻れば硬い岩の質感が感じられるはずなのに、曖昧な感覚のままだ。
大丈夫、それでもまだいける。
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