第54話【リオンに刃物】
魔境。
洞窟や建物のように密閉されていないため、普通の空間と区別がつかないけれど、魔素によりゆがめられた空間で、ダンジョンと同一とされている。
こんな話がある。
ある冒険者が森で迷い、太陽の方角を見て森を出ようとした。
けれど、気がつけばいつの間にか大きな木に向かって歩いてしまう。
意を決した冒険者は大きな木に向かい歩を進めた。
大樹の根元には見たこともない大きなボアがいて、苦労して倒した。
その後、木を背中に振り返り振り返りして歩いて行くとあっさりと森を出られた。
後に近くの住民から、そこがたくさんの人を飲み込んできた魔境だと教えられたという。
「古城は中に魔素だまりが生まれたから廃棄された、という噂は本当だったわけだ。しかも古城にしか向かえない事から、ここは閉じられた魔境だ。この魔境から出るには、古城にたどり着き、ダンジョンボスを倒さなくちゃならないよ」
リオンは冷静に分析しているけど、その顔は暗い。分析出来るからこそ、今がどれくらい危険な状況か理解しているんだろう。
「そうか……油断はできないけど、古城のボスは銀級が相手にするような魔獣ではないと思う。グランドル領内であるし、第一に規模が小さい」
地図によれば、古城と決壊した堤防との距離は三ディジィもない。これは魔境の中でも最小クラス広さだ。
「ザートはすごいな。こんな状況なのに、震えてない」
皮肉ではなく、かといって弾むわけでもない。複雑な笑みをリオンは浮かべている。
「でも沼の巨人達があんなにいるなんて、いくらザートでも倒せないだろう? 私にもせめて、剣があれば……」
ついもれた弱音を自分自身で恥じたのか、リオンは顔を伏せてしまった。
沈黙で場の空気がよどむ。
——是非も無しか。いつか言うつもりだったしな。
「リオン、片手剣でも、剣があれば戦える?」
「え? ……う、うん。そういう技もあるから。でもザートの剣を借りるわけにはいかないよ」
唐突に訊かれて戸惑っているけど、かまわず続ける。
「実はもう一振り持ってきてるんだ。でも僕がこれを持っているのは秘密だし、今回の件が終わったら必ず返して欲しい」
リオンがシャールに恨まれるのは避けたいからね。
右腰につけていたケースごと、精霊の炎刃をリオンに手渡す。
キッケル鉱山の事件の際に手に入れてしまった事を話すとリオンも理解してくれた。
「魔力を込めれば思い通りに伸びる。あまりのばすと実体が無くなって威力が落ちるから、一ジィ弱が限界かな」
説明を終えて離れると、伸ばした刀身に見惚れていたリオンはゆっくりと構えた。
そして僕の口は自然と動いていた。
「……異次元だ」
試しに振るというから離れたけど、袈裟斬りくらいを想像していたら、目の前ではじまったのは異次元の剣舞だった。
剣を右手に掲げ、柄頭を左で包むような独特の構えから大きく踏み込んで始まった”素振り”は、袈裟斬りから切り上げ、平に構えて突きから複雑な軌道を描き逆袈裟と続いていく。
添えた左手は指、甲、掌、いつもどこかが柄頭に触れている。
支点も力点も不明な回転をする剣は右手から左手、左手から右手に移りながら見えない敵を刻んでいく。
常に半身に構えて盾を前提としない姿勢。
剣勢を殺さないように身体を動かすため、徐々に風切り音が上がっていく。
刃が通りたい所を通し、通したい場所を刃が通るように誘導していく。
刃を無意味に”踊らせる”剣舞じゃない。彼女は”刃と踊っていた”。
「え?」
剣舞は唐突に終わりをむかえた。
それまでの緊張をふいに解いたリオンが、次のの瞬間にはこれまで来た道に向かって走り出したのだ
あわてて振り向いた先、目に映ったのは崩れ落ちる三体の巨人達と、刃についた残滓を一閃して払うリオンのみたことのない微笑みだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます