第49話【湖水地方・グランドル古城】



 ぬかるむ道を二頭立ての足が速い馬車で進んでいく。

 御者は慣れているというリオンに任せ、道にはみ出た牧草の上を進んでいく。


左手に牧草に覆われたなだらかな丘、右手に浅く広がる平瀬をのぞんでいると、川の対岸にいたサギのような水鳥が一鳴きして飛び立った。

 水鳥は自らの羽と同じ、薄墨色の空に紛れてすぐに見えなくなってしまう。

 残されたのは馬の蹄が泥に踏み込む音と馬車に乗せた借り物の仕事道具がぶつかり合う音だけだ。


「魔獣がでないのは良い事だけど、平和というよりは少し寂しい雰囲気だな」


「うん、そうだねー」


 生返事をしながらリオンは御者台の上で左右に揺れている。昨夜はあまり眠れなかったらしい。


「やっぱり代わろう。魔獣がでないうちに荷台で十五分も仮眠をとれば眠気もましになるぞ」


「そうだね……よし、じゃあよろしく」


 手綱を受け取って素早く御者台に飛び乗る。リオンはすでに荷台の隙間に敷いてある毛布の上に横になろうとしている。やっぱり眠かったんだろう。


 そしてしばらく道なりに進む。


 堤防補修の依頼をリオンと二人で受けてから数日、準備を整えた僕達は目的のフィールドである湖水地方に到着していた。


 ブラディア地方の地理について改めて思い浮かべる。

ブラディア辺境伯により開拓が始められたこの地方は、領都ブラディアを起点として南東部のレミア海、西部のブラディア山系に挟まれた扇の形をしている。


 ブラディア山系からレミア海までは何本か川が流れているけど、領都から見て一番手前にあるのがここグランドル子爵領を貫くタリム川だ。


 川の両岸は起伏に富み、丘と湿原が拡がる。

 中流には竜の背中と呼ばれる板のような岩が並び、川を複雑に分断している。

 開拓前は氾濫を繰り返していたらしいけど、先人は丘の間に巧みに堤防を築き放牧地を確保した。

 堤防は緩やかな坂になっているので分かりづらいけど、その高さは実に十ジィ。

 氾濫を防ぐにしても普段六ジィ程度の水位が十ジィ近くまで上がるんだろうか?


 そんな疑問をもちつつ、今回僕らが補修に行くのはその放牧地を守る堤防だ。

 春先にジャイアントモールの大発生があったとかで堤防のいくつかが決壊し、放牧地が湿地に変わってしまったらしい。


 リズさんによれば、補修は急を要するわけではなかったけれど、雨期になって水位が上がると堤防が本格的に崩壊するの補修する事にしたらしい。

 けっこうのんびりしているな。


 のんびりしているのは僕も一緒なんだけどね。

 代わり映えのしない景色を見るともなく眺めていると正面にゆっくりと這ってくる影が見えた。ジャイアントフロッグだ。


『ファイアボルト×4』

 長い舌で攻撃されル前に遠距離で仕留めると道に凝血石を残して消えた。

『クレイ&ブリーズ』

 凝血石を土魔法と風魔法ではじいて空中でつかむ。


「ほぇー、ザートは魔法も器用なんだねぇ」


「なんだ、リオン起きてたのか」


 荷台からリオンが興味深げにのぞいていた。


「言ったろ? 身体強化と魔力操作には自信があるって」


 何をやってもスキルが得られなかったので結局体力と魔力を伸ばすしかない、と、万人がもっている二つの下位どころか基礎スキルとも呼ばれる二つのスキルを磨いてきた。この二つだけは他人に負けない自信がある。


「あ、グランドルの古城が見えてきたよ」


 リオンが指さす先には出城と同じ、台形を基本とした、石造りの古城が見えてきた。


「ああ、作りかけのまま放棄されたっていう城か」


「うん、魔素だまりが生まれたせいでね。もしかしたらダンジョンになってるかも、だってさ。さすがに堤防あたりまでダンジョンにはなってないだろうけど」


 リオン、無自覚にフラグを立てないで?








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