第47話【絡まれイベント(2)】
喧噪のなかで発せられた悪意のある声で、周りがようやく異質な客の様子に気づいたみたいだ。いつも同年代がしている、ただ痛いくらいのけんかとは違う雰囲気が漂う。
「だけど?」
「殴られてくれない? 周りに見られるのが恥ずかしいなら外でいいからさぁ」
ワシ鼻はそれまでの遠回しな言い方ではなく、ストレートに欲望をぶつけてきた。
想像はついていたけど、脅しで大義名分をつくっておいてよく言うな。
「嫌です」
普通に嫌だ。外なんて武器や魔法を使い放題じゃないか。
人目がないから助けも呼べないし。すさんだ風体のこいつらが加減するとも思えない。
そもそも僕は人を殴った事はない。学院の訓練で教官を殴ったくらいだ。今だって緊張で心が高ぶっていて、とても平常心とは言えない。
ワシ鼻がチラリとマスターの方を見た。マスターは何も言わずこちらを見ている。なるほど。自力でなんとかしろと。
「嫌っていわれてもこっちは依頼料もらってるしねぇ」
にやけ面の相手は手の中で小銀貨を五枚踊らせている。
「じゃあその依頼料ここに置いといてください」
「ん?」
意味がわからないのか、口をあけて此方をみるワシ鼻。
鉄級冒険者が小銀貨五枚をためるのにどれだけ苦労したのか、この冒険者は忘れているのか。
その金を取り上げるがどれだけ酷かわからないのか。
「失敗したときアンタが持ち逃げするかもしれないでしょ。だからここにおいといてくださいよ」
一拍の静寂。
わし鼻が身体強化したのか、金をたたきつけたテーブルは嫌な音をたてた。
至近距離から蹴り上げてきた左足を軽く蹴って体勢を崩す。
「ナメッ——!」
相手が打ち下ろしてきた右拳を左手で受け流しながら内側に入り込み、相手が右肩を引くのに合わせて足を払う。
仰向けに倒れた相手の左肩にヒザを乗せた。
上から踏みつけてもいいけど、逃げられて店の物が壊れたらまずいので組討ちにする。
ここまで来たらやることは限られる。
相手の反撃を封じて、隙を見て攻撃をたたき込むだけだ。
右肩が動いたので肩を殴って床に叩き付ける。
(全然きいてないな。もう少し身体強化をあげよう)
右膝が動いたので左裏拳で打ち払って叩き付ける。
(まだきいてないか)
左膝を叩き付ける。
頭を叩き付ける。
右肩を叩き付ける。
ちなみにその間僕の右手と右膝は相手の左肩にのったままなので、ほぼ同じ衝撃が相手の肩に掛かっている。
相手がのびて力が抜けたのを確認して拳を下ろした。
「よし、依頼失敗。あんたのな」
格闘技の講座とっておいてよかったな。スキルないけど。
さて、これどうしよう。客同士ならハグして終わりなんだけど。
「外のお仲間のところに連れて行ってやれ」
マスターがため息交じりに指示してくれて良かった。
無理矢理立たせて戸口の外からもう逃げだしている仲間に追いついて押しつけて帰った。
「ただいま」
もどってみると拍手と床を踏みならす音で出迎えられた。
「ザート、やっぱお前強くね? 冒険者くずれを瞬殺とか、ぜったい対人格闘スキル持ちだろ」
インディが興奮して聞いてくる。
「魔獣には役たたないけどね。あぁもう緊張した!」
この宿では対人格闘スキル持ち、と誤解されている。痛くない腹を探られたくないからそのままにしているけど。
「あ、おいハインツ。お前金戻ってきたんだからザートに感謝しとけよ」
「あ、ありがとう。はいこれ」
小走りに来たハインツがお礼をいってエールのはいったジョッキを渡してきた。
「え、おごり? ありがとう」
まあ、持ちつ持たれつ。エールくらいなら良いよね。
と思ったらいつの間にかインディもジョッキを掲げている。
「コロウ亭の用心棒に乾杯ー!」
「「「ウェーイ!」」」
おい待てなんだそれ! またさっきみたいな事するのか?
「これからも頼むぞザート! エールおごってやるから」
「「「ウェーイ!」」」
マスター!? さてはアンタ宿の客をエールで買収しただろ!
隣では笑顔のフィオさんと苦笑気味のリオンがつぎかけのジョッキをかかげていた。
きたない! やっぱ大人ってきたねぇよ!
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