第41話【魔人とギルドの関係について】

――ザート


 んー


――ザート、おい


 はいー。いきますってー


「おいザート、さっきからメシできたっつってんだろうが」


 耳にマスターの声、頭に衝撃、鼻に燻製の香り、目に飛び込むワンプレートランチ。

 マスターがカウンターから降りてランチを持ってきてくれたみたいだ。


「ごめんマスター、寝てた」


「見てればわかる。疲れてるならそれ食って寝ろ」


 マスターの気遣いに感謝しながら目の前の料理に向き合う。いただきます。

 マッシュポルトとモスマトンの鉄板焼き。旬のサラダ。

 香ばしいジオード豆に辛いケルピ・セリ、プツリとはじける食感と甘酸っぱいレタピコ。今は旬の野菜が多いから良い季節だな。


今日も美味いコロウ亭のご飯を食べているのに、心は晴れない。


 モスマトンの、かむほどに香るコケの風味を味わいつつ、今朝のシャールとの会話を思い返していた。



(いえないよなぁ)



 シャールが言うには、ジョアン叔父は魔人に堕ちて討伐されたという。


 魔人は、魔素に身体をさらし続けた人間がなる。

強く、意思疎通ができず、魔物のように襲ってくる。

当然だけど、一番なりやすいのは魔境で活動する冒険者だ。


 ギルドのなりたちは、魔素に身をさらす冒険者が、魔人化の兆候を監視しあう盟約から始まっているという。



―― 朝、世界が赤く染まっていた時、それは冒険者人生の黄昏と思え ――


 ギルドのガイドブックにも記された冒険者の第一の規則だ。

 魔人化の兆候として、世界が赤く見えるらしい。

 兆候が出た冒険者は速やかに自己申告し、引退することをギルドは求めている。

 魔人化は進むにつれ外見などにも兆候が現れるらしいので、隠れて冒険者で居続けることはできない。ギルドは引退勧告の後、登録を抹消する。


 そして抹消された冒険者がふたたび生活に困る事がないように、ギルドは職業斡旋も行う。

 なぜなら魔人化した冒険者は倒す事が困難なためだ。

 単純に能力がすべて強化される上に、行動原理が”人を害する”に変わる。しかも個体に知性がのこっていれば倒す難易度は跳ね上がる。


 魔人化したとシャールが言ったジョアン叔父は狩人だった。

 戦闘力だけで言えば金級上位の狩人を倒すため、当時どんな被害がでたのか想像もできない。



「どうしたのザート君、やっぱり食欲ない?」


 マスターの隣で棚にグラスを並べていたフィオさんも心配にしている。


 今朝なみだぐんで帰還を喜んでくれていたけれど、仮にこの人達に叔父の事をきいてみたらどう思うだろう。

 銀級と金級の間では交流もあっただろう。もしかしたら彼らの知り合いが魔人となった叔父の凶刃に倒れたかもしれない。


 友の仇について、遺族である甥が尋ねる。優しい二人だからきっと答えてくれるだろうけど、それは葛藤をともなう事だろう。


 ギルドだって、盟約に背いた重罪人について訊いて回る冒険者に良い印象はもたないだろう。

 


 うん、やっぱり叔父について調べるのはやめよう。

 他人を傷つけてまでする事じゃない。

 書庫については自分で試行錯誤していけばいい。


「いえ、大丈夫ですよ。食べたら寝て、明日からまた働きます」


 モスマトンの肉を頬張ってよくかむ。美味しいご飯にあらためて笑顔を浮かべる。

 自己完結していると、誰かが勢いよく駆け込んできた。


「ザート! 事件にまきこまれたって聞いたけどホント!?」



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