第32話【採掘作業と冒険者】
「そこは右、坑道の柱に気をつけて」
後ろを歩くビビの声を背に受けながら、ダンジョン化した坑道を進んでいる。
さすがに本業だけあって、ビビの地図は書き込みも細かく、適切に道を指示してくれている。
「もうすぐ石木層が露出している場所に着くから、そこで射香石を探すわ。火の強い光じゃ見つからなからファイアを消して」
僕が岩肌を照らすのに使っていたファイアを消すと同時に、ビビは中位魔法のファイアフライを唱えた。
足下の淡い青にファイアフライの緑色の静かな灯火が重なる。
ビビ曰く、基礎である基岩以外の石は特有の光を出しているから、ほの暗い光の中で探した方が見つけやすいのだそうだ。
「ビビは若いのにすごいんだな。さっきからビビの専門知識に押されっぱなしだ」
「あたりまえでしょ。冒険者のあんたに知識で負けていたら宝石の付与術士を目指しているなんて恥ずかしくて言えないわよ」
「そりゃそうだ」
僕だって学院で人並み以上に勉強は頑張ったけど、ほとんど一般教養レベルだ。専門家に太刀打ちできるはずがない。
そんなことを考えながら、僕は僕が出来る事をする。
「さっきから何してるの?」
「僕なりのマッピングだよ」
ジョアンの書庫の収納機能を使って、石の種類と魔砂の流入量を確認している。
一歩あたり採れる魔砂が多くなれば魔素だまりにちかづいている事になる。当然気をつけなければならない。
石はあらかじめビビに石木層を見せてもらっていた。収納し続けている石とときおり見比べて近づいているか確認をしている。
いつまでもビビの知識を頼るわけにもいかないのだから自習の機会は逃さない様にしないと。
――◆◇◆――
「ビビ、結構さきだけど魔物の気配がする」
「わかっているわよ、くさびを打つ音が聞こえるもの」
……わかってるなら言って欲しい。
理不尽を感じながら先に進んでいくとコボルトが二匹採掘をしていた。
ビビに見せてもらったものと同じ石木層の前で、一匹は袋を持って立ち、もう一匹はこちらが見ているのもかまわず一心不乱にたがねを石に当て、ハンマーを打ち付けている。
まるで穴掘りに夢中になっている犬だな。ちょっと生活感がある。
「ねぇビビ、こういう時って戦闘はさけられないの?」
「できるわけないでしょ。こちらが採掘を始めたら一斉におそってくるわよ」
「ですよね」
なにいってんだこいつみたいな顔をされた。
「それじゃ、先手必勝ということで」
まず立っている奴の首に切りつけ、座っている奴の背中にショートソードを突き立てた。
「はい、あとは任せて」
ビビはやっと仕事が出来るとばかりに張り切ってツルハシを振るい始めた。
その様は大胆にして繊細。
柄を器用に持ち替えてあらゆる方向からあらゆる強さで瞬く間に岩をくずしていく。
先ほどのコボルトの作業が児戯のようだ。
コボルトの凝血石を拾った後はビビの邪魔をせずに警戒に集中する。
別に魔物に同情はしていない。
異世界の生物だから殺すな、という学者や活動家がいるけれど、じゃあこの世界の生物の牛豚は殺して良いの? という話になる。
最近生活が落ち着いてきているから忘れがちになるけど、僕らは他に生きる術がないから食い詰め者なんだ。
そして魔物以外から凝血石を採取する方法は今のところ見つかっていない。
——ジョアンの書庫以外は。
この法具の魔砂を収納する機能が世に知られれば、研究者はどんな手段をとってもこの法具の秘密を探ろうとするだろう。
僕にはどんな保障も与えられない。そして僕は今度こそ貧民窟でのたれ死ぬのだ。
「……ザート、終わったからいくわよ」
ビビが静かに、物思いにふけっていた僕の背中に声をかけた。手には蜂蜜色に輝く射香石を入れた袋がつまっている。
「わかった。次はどこか案内して」
ビビは当たり前のように方向を指示し始める。僕がどんな物思いにふけって言いようと、気にしない。
これはビビだけじゃなくてみんなそうだ。
冒険者に事情がない人なんていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます