第31話【とある昼下がりの災難】
ここブラディア山第二要塞は要塞という名前を冠しながら、いつもは普通の街と変わらない。
主要産業は冒険者による凝血石の輸出と農業だ。
冒険者の生活は基本的に要塞内で完結するので、ギルドを通して流入した富は街に回っていく。
凝血石や魔獣のかけら、保存食を領都へ運ぶ商会、小売商人、鍛冶屋など加工業者、宿屋、飲食業、娯楽……と、住民の仕事は多岐にわたる。
そんな住人だけれど、実は冒険者の資格を持っているものも多い。
農村部で生まれ育った住民は自営のために最低限の鉄級十位は持っているし、生業として薬草や鉱石を使う者の中には比較的位階の高い者も居る。
たとえば普段は領都で刀鍛冶をしているウィールドさんがそうだ。
そんな事を考えているわけだが——
――◆◇◆――
「この店のシアの実の付け合わせ嫌いなのよね。目玉みたいで」
今、目の前では子鹿亭のビビが、ヨーグルトとチーズのムースに添えられた青紫色の丸い実を皿のはじっこにまとめている。
ビビさん、その態度は給仕をする人としてどうかと思うよ。
なぜこの状況が生まれたのか。
僕はさっき服屋でシャツとか下着一式を買いたした所だった。
冒険者になってから、洗濯といえば浄化魔法を使える洗濯屋を使っていた。
浄化魔法は一定量までなら回数で金額が決まるので、まとめて出せばその分お得なのだ。
また一つ節約ができる事にほくほく顔でいたところに現れたのがこのドワーフ様である。
『私を鉱山に連れていきなさいよ』
言われていることがわからなかったので、とりあえず近くのカフェに連れていった。
――◆◇◆――
「——という事なのよ。採取で上げた私と違って、あんたは同じ八位でも魔物退治で位階をあげたんでしょ? 少しは護衛代も払うわよ?」
「なるほど、ちょっと食べる時間をくれないか。ジェラートがとける」
「話を聞きながら食べときなさいよね」
言い過ぎたと思ったのか、炭酸水を飲みながら顔を背け、通りの人を眺めはじめた。根は悪い子じゃ無いとおもうんだよね。多分だけど。
とりあえず口の中でゆっくりジェラートを溶かしながら、一気にまくし立てられた話を頭の中でまとめてみる。
まずビビは驚く事に僕より一個年上らしい。
ナイム・ドワーフの成人は、見た目が中つ人の十二歳に見えるので、子供ではないとおもっていたけど、年上なのは驚いた。
それと、子鹿亭で働いているけど、付与術士を目指しているらしい。
付与術士というのは作品に付与魔法をかける職人のことだ。
付与魔法は自分で作りながら魔法をかけるので、食器なら食器、服なら服にそれぞれ専門の職人がいる。
少量の魔力で効果が持続する付与魔法がついた道具は何であれ付加価値が付く。
例えば、今僕が使っているグローブも付与魔法がかけられていなければ小銀貨三枚といった所だろう。
それが銀貨三枚と十倍になるのだ。殆どの職人は付与術士を目指すのもうなずける。
ビビはドワーフには珍しく、アクセサリー職人を目指しているということだ。
子鹿亭で働いているのも、女の子が多い宿屋ならアクセサリーを売る場所として最適だからと選んだらしい。しっかりしている。
彼女は鍛冶屋のウィールドさんと同じく自分で材料を採取したいこだわり派らしいけど、ウィールドさんと違って戦闘スキルが一切無いらしい。
だから最近まで、とあるパーティに護衛してもらっていたらしい。
しかしそのパーティはもう第二レミア港に行ってしまったという。
宿の客の中には鉱山に行くような冒険者もおらず、そろそろ在庫も尽きて困っていた所、リオンが僕を紹介してきた。
以上が彼女の事情だ。
長々と思い返していたが、つまる所、この気まずい雰囲気はリオンのせいだ。
「食べ終わった?」
「うん。お待たせ」
器を眺めていた所でビビに声をかけられ、改めて彼女に向きなおった。
「で、さっきの話に戻るけど、丁度第二層に挑戦する所って言うじゃない。第二層の鉱床までのルートなら私が案内できるから、どっちにとっても得だと思うんだけど」
うーん、ちょっと考えてしまう。
まず出てくる敵は一層目と同じくコボルト、それからワームらしい。
ワームは地下から不意打ちをしてくるのがやっかいだけど、僕の場合索敵もどきができるので特に困ることはない。
コボルトもジョアンの書庫無しで対処できるようになったのでばれることはない。
土さらいも大楯を完全に地中に隠せば大丈夫か。
うなっていると、ビビが不安そうな顔で見つめていた。
溶けた鉄の様な明るいオレンジの瞳が不安に揺れている。
黒に近い紫の髪と、ドワーフにしては細長い手足が相まって、一層はかなさが際立つ。
多分だけど僕が最後のあてなんだろう。僕が無理ならギルドに正式な依頼を出すほかない。
「決断遅い! 返事!」
「はい! よろしくお願いします!」
キレられた。はかなさも何もあったものじゃない。
こうしてキッケル遺跡第二層で、臨時のパーティを組む事が決定した。
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