第30話【防具は大事】

「やっぱり買取不可か……」

 ギルドから街の広場に出て、一つため息をついた。

 ため息の理由はちょっと当てにしていた金が手に入らなかった事だ。

 具体的には凝血石である魔砂を売却しようとしたのだ。


 モルじいさんの話では売り物にならないということだったけど、それは量がないせいじゃないかとおもっていた。

 だからゴブリンのものと同じくらいの量を受付にもっていったんだけど、


「量がこの十倍でも買わねぇよ」


 と、買取りをする目利きのおっちゃんに言われてしまった。


 魔砂はそもそも魔道具の魔力供給源にできないそうだ。

 思わず『このバックラーは魔力にできるんですけど?』とか言いたくなったけど、秘密なので当然我慢した。

 そして、場に居合わせたリオンと歩くに至る。複数の女の子を連れて。


 リオンは基本ソロ冒険者だけど割と社交的だ。

 なので女の子パーティから誘いがあれば大体ことわらないで一緒に依頼をこなす。

 なんだろう、女性の前衛は少ないから、立ち位置的には用心棒なんだろうか?


「でもさ、たまたま見つけた魔砂にたよるほどザートも困っていないでしょ? ガラス瓶にでも入れて部屋の照明でも使いなよ。きれいだよきっと」


 慰めてくれているのか、リオンが魔砂の粒を夕日にかざして微笑んでいる。

 相変わらず絵になる奴だ。

 僕と反対側を歩く魔法使いの娘が横顔を見て呆けるのもわかる気はする。


 けれど僕の真後ろのスカウト職の娘の視線がチクチクと刺さるのはわからない。

 時々本当に矢尻っぽいもので刺さないで?


「じゃ、ザート今度一緒に湖に行こう。昼食とかは私が用意するから」


 なんだそれは。デートの誘い文句か?


「じゃ、ってなんだよ。休みがかぶったらな」


 そんな話をしながらリオンと別れて常宿のコロウ亭に戻る。

 なんだかんだでここにもなじんできたな。


 アルガンザスの花がこぼれる壁の横で、マスターが樽を外に出して客を迎える準備をしていた。


「お、ザートちょうど良い、樽出すの手伝ってくれ。……ん? なんだしけた面して」


   ――◆◇◆――


「いや、まあ大したことじゃないんですよ」


 カウンターで ウルソやハシャオ、ツヨンと麦芽でマスターが作ったハーブエールのウルフェルをちびちび飲みながらさっきギルドであったことを話す。

 ところでやっぱりこのエール苦すぎじゃないですかね?


「売れたらグローブとか、新しい防具が買えるかな、って期待してただけです」


 キッケル遺跡の第一層を踏破した記念にちょっと良いものを買おうと思った。

 一応これも本音だ。

 ちょっと手持ちが足りなくてちょっと魔砂が余っていただけで、買えないとこまるという訳じゃない。



「うん、そうだな。鉄級八位にもなっているし、そろそろ防具にも気を配って良い頃だ」


 そういいながらマスターは野菜を山盛りにしたボウルを持ってバックヤードに行ってしまった。


 いつの間にか他の冒険者も戻ってきていたみたいだ。

 店は活気づいてきていて、そこかしこであがる注文の声にフィオさんや通いの女の子達が忙しそうに対応している。


 ぼぅっと冒険者の先輩達を眺めていると、多くの冒険者がグローブを首からかけたり腰につるしたりしてくつろいでいる。

 ギルドでみる同ランクの人たちに比べると、ここの人達はけっこう装備に気を遣っている。堅実な人達があつまるんだろうか?

 

 指は冒険者、特に剣を扱う者にとっては生命線だ。

 高位魔法を使えば修復できるとはいっても鉄級冒険者にそんな余裕はない。

 それにダンジョンの二層より下にはオークやスケルトン、リザードマンといった人型で剣を持つ魔物が出てくる。

 僕はバックラーで手元をかばいつつ動けるので優先度は低いけれど、剣を相手にすれば指をけがする確率は格段にあがる。


 にも関わらず、このグローブは意外と高い。

 どれくらい高いかというと、今持っている剣より高い。新品なら最低でも銀貨三枚、三万ディナはする。


 理由は付与魔法のせいだ。

 指先の繊細な動きと軽さ、衝撃を受ける十分な頑丈さ。

 それらはどの魔獣の皮を使う場合でも、何らかの付与魔法が必要となる。


 やっぱりしばらく地上で稼ぐか。リオンと一緒に水辺の採取依頼をこなすのも良いかもしれない。


 そんなことを考えていると忙しそうに料理を作っていたマスターがカウンターに戻ってきた。


「急に混んでくるからまたせちまったな。ほれ」


 渡されたのは茶色のグローブだった。

 無骨だけど、武器を握るのに十分にしなやかだ。重さも見た目ほどじゃない。


「え? なんです、くれるんですか?」


「ただでやるかよ。中古で銀貨二枚だ」


 軽口をたたき合っているけど、それでも顔がほころんでしまう。


「ウチは卒業する冒険者の装備の下取りもしているからな。本業じゃないから駆け出し用の装備もそれなりにある」


 なるほど、さすが面倒見に定評のあるマスターだ。

 ここの人達の装備が良いのもそういう理由だったのか。


 そんな風に納得しているとマスターが顔を寄せてきた。近い。


「ところでお前女の子のパーティと歩いていただろう? あの中じゃどの娘が好みだ? ふわっとしたのか、後ろに居た跳ねっ返りか? それとももしかして」


「背の高い女の子、ですね」


 機先を制して訂正しておく。いくらリオンが中性的でもそういうのを間違えるのはどうかと思うし。

 マスターが真顔でいうから何かと思ったけど、そういう面倒見は要らないよ。







   ――◆ 後書き ◆――


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