第26話【ダンジョンとは】
「ダンジョンの許可が下りたの? マーサも思いきるわねぇ。お姉さん心配」
狐獣人のお姉さん、フィオさんが朝食のガスパチョを保ってきてくれた。
ついでに心配そうな顔でテーブルに座る。今日は早番らしい。
「大丈夫ですよ、ダンジョン初体験なんですから。先輩の後についていって、遺跡でコボルトと一、二戦くらいしたら帰るつもりです」
「そうねぇ、二戦はした方が良いかしらね。初めてはたいせつだものね?」
含みのあるいたずらな笑みと、すこし薄い夏物の巻きブラウスの両方に当たる午前の日差しがまぶしい。
黒いエプロンを憎んだら良いのか感謝したら良いのかわからない!
朝コロウ亭の若女将にからんでもらえた冒険者は中位魔法並の強化魔法がかかる。
そんな話を昨晩先輩冒険者から聞かされたけど、確かにこれは効きそうだ。
「あ、そろそろ仕事にもどらなきゃ、じゃ、いってらっしゃい」
戻っていくフィオさんの後ろ姿をなんとなく見る。
ワインレッドのフレアスカートには、ピンク色のリボンがひざから尻尾の付け根まで編み込みに入っていた。
尻尾と一緒にふわりと揺れるのをつい目で追いかけてしまう。
ふと視線を上げると狼獣人のマスターと目が合ってしまった。
マスター、ウインクはやめて欲しかった。強化が半分減ったよ。
「灯りは?」
「あります。ファイアも使えます」
「つるはし、閃光玉、その他」
「腰につけています」
「良し、くれぐれも無茶するなよ!」
引退冒険者の門番に見送られてキッケル廃鉱山の坑道を進んでいく。
坑道ではあるけれど、土魔法による補修がされるので横幅も広く、歩きやすい。
あ、ひび割れ発見。
――土よ。我が意に沿って事を為せ
ひび割れに手を当て、魔力を奥まで浸透させ補修をする。
気づいた人が補修する、というのは辺境では当たり前だ。持ちつ持たれつという奴かな。
ブラディアの地下にはいくつものダンジョンがあるけど、多くは鉱山が入り口になっている。
キッケル遺跡もその一つだ。
エルフの伝承によれば、魔素だまりは異世界から此方に開いた扉らしい。
異世界は魔素に満ちていて、こちらの魔素濃度を高まると、魔素なしでは生きられない魔物や魔獣が弱い物からやって来るというのだ。
そしてその延長線上にダンジョン発生がある。
開けた地上なら魔素は大気に散っていくけれど、洞窟や鉱山、地下室に”扉”が開いた場合、魔素はたまる一方になる。
たまった魔素によって異世界に浸食された空間がダンジョンという事だ。
さらにエルフの伝承では、彼らの祖先は最大最古のダンジョンの扉を通り、この世界で最初の魔法使いとなったとある。
もっとも、最大最古のダンジョンはあまりにも深く、踏破したものはいないらしい。
学院の教師がそんな話をしていたけれど、彼は最後にこういった。
「でもね、疑問が残るんだ。魔素が異世界からこちらに流れているということは、異世界には魔素があふれているんだろう。そんな世界に平気で住んでいたのになんでエルフはダンジョンに潜らないんだろう?」
ダンジョンに長くいた生物はダンジョンと同様に変質する。
だから冒険者は活動できる期間が限られてくる。
その点エルフならば変質の心配はないし、長命で魔法にたけているので存分に活躍出来るはずだ。
なのにエルフの冒険者というのはごくわずかしかいない。
潜らないのは変だ、という教師の疑問ももっともだと思う。
「……そもそもエルフは食うに困ってないからな。やるメリットがないんだろう」
彼らの殆どは魔法使いを祖にもつと自称するだけあって、中位魔法をもって生まれる。食うに困ることなんてありえない。
このように、世界の謎は意外と単純な真実に行き着く。
確かめようもない空想でひまつぶしをしながら、遺跡まで魔物一匹でてこない道を進んでいった。
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