第25話【鉄級八位に昇格】
「ソロで行く、と言うだけのことはありますね……」
換金のため、カウンターのマットに凝血石を次々と並べていくと、羊獣人のララさんからそんなため息がきこえてきた。
昼過ぎのギルドは閑散としていて、天井からの柔らかい光の中、職員ものんびりと仕事をしている。
「凝血石はゴブリン、ゴブリン亜種、水辺にいるウェトリザードもありますね。水辺に行かれていたんですか?」
凝血石の量の多さに興味を引かれたのか、ララさんが身を乗り出して聞いてきた。
「ええ、オミタ村の北にあるタリム川を少し下ったところに葦原があるでしょう。そこがゴブリンのすみかになっているときいたので」
子鹿亭で耳にした情報だ。
あの辺りは最近ゴブリンが集落をつくっている。亜種が生まれている可能性は十分にあった。
無茶しますねぇ、と出発前に全然止めなかったララさんに苦笑する。
無茶と思うなら止めてほしい。それでもたぶん行ってたけど。
「とにかく、凝血石は合計五万ディナで買い取らせていただきますね。そうだ、これだけゴブリンを狩ったならドロップ品も結構ありますよね?」
「オミタ村の鍛冶屋さんに売りましたよ。それと採取した薬草類もかさばるので売りました」
オミタ村では一万と六千ディナを受け取っている。
ゴブリンのドロップ品は劣悪な武器類と相場が決まっている。
重いので冒険者は最寄りの村の鍛冶屋に持って行くのが普通だ。
鍛冶屋はくず鉄をひきうけ、鋳つぶしてまとめてブラディアまで売りにいく。
鍛冶屋は農機具の整備だけでは食えないので、そういった事もやっているということらしい。
「へー、オミタ村にいってきたのか。川沿いのゴブリン集落でもつぶしてきたか?」
通りかかったマーサさんがなぜか話に加わってきた。今日はポニーテールの気分らしい。
「そうなんですよ。八位以上の鉄級パーティに頼もうと思っていたので、手間が省けました」
答えたララさんの言葉をきいたマーサさんの顔が真顔になる。
「ザートが? 一人で? 八位の仕事じゃねぇだろ」
「ですよねー」
確かに一から十ある鉄級の位階でも、八位は新人ではない。
のほほんと笑っているララの巻き角をマーサが手に持っていた鉱石でたたく。
「痛い! 骨に響きますって!」
ゴツという音が地味に怖かった。ギルド職員ってこれが普通なのか?
「リオンさんがザートさんをべた褒めしてたんですよ。だからいけるかなって」
「だからって鵜呑みにするな! 新人を無茶な場所にいかせないのが受付嬢の仕事だろ」
あー、なんかマーサさんがギルマスっぽい事いってる。
リズさんの人生設計案内といい、自分の中でブラ山第二の評価は上昇中である。
「ザート、冒険者プレート貸しな」
ひとしきり説教が終わったマーサさんに言われるまま、プレートを渡す。
「ララの来月の給料は下げるとして、お前の実力はわかったからな」
後ろのララさんの抗議を無視しながら小さなギルマスは魔道具でプレートに刻印をした。
「ほれ、今日からザートは鉄級八位だ。城壁外のブラディア鉱山も行っていいけど、無茶するなよ」
小さな手で差し出されたプレートを受け取り見つめる。
「いいんですか? まだ二回しか仕事に行っていないのに前例がないんじゃないですか?」
「いいんだよ。多少のひいきはギルマスの特権だ」
首をかしげるとマーサさんがにやりと笑った。
「オミタ村の鍛冶屋に行ったんだろ? あたしの実家はあそこなのさ」
ありがとな、と言われてくすぐったい気持ちになった。
たしかに、家族のいる場所の近くにすぐに亜種が生まれるゴブリンが巣を作っていれば不安だっただろう。
でも身内だからといって優先的に依頼をかけるわけにも行かず、むしろ後回しにするようにしていた節さえある。
自分が勝手にしたことだけど、マーサさんが喜んでくれて良かった。
「所で、買取はあたしの姉妹が担当してるんだが問題なかったか?」
マーサさんはなにかを期待する子供のような顔をしている。
「え、そうなんですか。お姉さんだったんですね。手際よく買取してもらいましたよ」
「そうかそうか。ゴブリン討伐ありがとうな!」
はじけるような笑顔でギルマスがスキップしていった。
普段からあれならだませるのに。
「ザートさんて意外と腹黒な所があるんですね」
「なんの事でしょうか?」
失礼な。確かに、”どっちが姉でどっちが妹”とは言っていないけど、たまたまだし。
いつも打算で動いているわけじゃない。
でも鉱山行きが取り消されなくて良かったと思うのも事実だ。
「それじゃ僕は準備があるんで。明後日にはさっそく鉱山に行きます。ギルマスの許可もでましたし」
順調な滑りだしだ。明日は休日にしよう。
鉱山はギルドのレンタル装備に加えて個人で準備するものもあるから買い出ししなきゃ。
「そういえば、リオンさんが探してましたよー」
明日の事を考えていると、去り際にララさんがニヨニヨしながら言ってきた。
これは、早急に鉱山に向かわなくちゃいけないな。
――◆ 後書き ◆――
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