第27話【遺跡、そして帰還】
坑道の最奥部にある、現実とダンジョンを分かつ黒い膜を通り抜けると、巨大な空間が開けていた。
眼下には領都ブラディアとちょうど同じくらいの広さの廃墟が拡がっていて、鉄級冒険者達が戦っている様子がちらほらと見える。
「ここからはファイアは要らないな」
眼下の廃墟はまるで魔法で作り出した氷のように淡く青い光を放っている。
敷石の隙間から青白い光がこぼれているせいだ。ダンジョン特有の現象である。
その上では冒険者が、四足や二足の魔物と戦っている。コボルトだ。
「教えてもらった通りコボルトしかいない、と」
ララさんからキッケル鉱山の情報はもらっている。
僕はコボルトとは戦った事がないけれど、道具を使う中型犬らしい。
ここのコボルトはほぼ裸で、短剣くらいしかもってないという。
「身体強化は……まだしなくて良いか」
ゴブリン狩りの時と同様、身体強化はしないことにした。
油断しているわけじゃないけど、素の身体で工夫をしてこそ対処が身につく。
スキルに頼ったごり押しじゃいつか痛い目を見る。
「僕の場合は他に頼れるスキルがもてなかったから、半分は負け惜しみなんだけどね」
城壁のような石の壁から階段を使って降り、壁を右にして十ジィも進んだ辺りで壁を背にした。
後は路地から敵が出てくるのを待つだけだ。
こういうとき索敵スキルがあれば便利なんだろうと思う。
そんな無い物ねだりをしていたのが悪かったのか。
左の建物の影から忍び寄ってきたコボルトを見つけるのが遅れた。
――タッ
目が合った瞬間に四つ足で走り寄ってきたコボルトを斜め上に切り上げると、ぞわりと悪寒がはしった。
切った勢いのままに身体を回すともう別のコボルトが目の前にいた。
「でかい!」
他の倍近くあるコボルトが首をねらって、地面から迫ってきた。
身体が泳いでしまったので無理矢理に右手のショートソードではなく、左手のバックラーでコボルトの右頬を殴りつけた。
瞬間、コボルトが右手で短剣を抜こうとしていたのが見えたのは幸運だった。
とっさに剣とバックラーを収納し、右手を回したコボルトの首に全体重をかけ、後ろに身体を倒す。
その反動を使い身体を跳ね上げ、地面に落ちる瞬間にコボルトの背中側から両足を右腕にからませ、関節を極めた。
『ギャィン!』
腕の痛みでナイフを取り落とし、地面に転がるコボルトの身体にしがみついたまま、背中に深々と剣を突き立てた。
一瞬の間をおいて黒い泥が消える。
今更だけど身体強化をつかい、凝血石を回収しながら一気に階段の上に戻った。
坑道手前の物陰にかくれた。
胸の中のいらだちを吐き出そうと何度も荒い呼吸をする。
しばらくして落ち着いてからさっきの失態を分析する。
「他に気をとられて奇襲をうけたのはまずいとして、さらに体勢が崩れていたのが悪い。身体が泳いでいなければ二匹目も剣で片付けられた」
今回は二匹だから良かったものの、三匹、四匹の集団で襲われていれば簡単にやられていた。
「でも足で関節をきめられたのは良かった。あれはスキルじゃできない」
人間が一度に複数の言葉を話せないように、スキルの発動は重ねることができない。
前にリオンが言っていたけど、複数のスキルを合わせたような行動が出来るのは僕の強みかもしれない。
下を見ると他の鉄級冒険者は皆パーティが役割分担をして、一匹ずつ囲んで倒している。
自分でソロを選んだけれど、仲間がいるとあんなに確実に倒せるのか。
一つため息をついて岩に身を預けて考える。
さっき殺したのはコボルトの亜種だ。多分ファイターだと思う。コボルトではあるけれど、身体の大きさも膂力もただのコボルトとは全然違う。
ゴブリンアーチャーもそうだけど、亜種は同じ魔物が群れていると生まれるという。
ダンジョンはコボルトしかでないのだから亜種はいない、なんて勝手に決めてかかっていた。
法具を持っていたことで少し調子にのっていたみたいだ。
「帰るか」
使わないときめていた身体強化も書庫もさっそく使ってしまった。
課題はあったけれど、それでも生き残れたんだ。
生きて次に生かそう。
――◆ 後書き ◆――
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