第16話【ブラディア冒険者ギルド支部】
馬車の中で耐えなければいけなかったのは尻の痛さだけではなかった。
「何だあいつ鉄の胸当ても買えなかったのか?」
「飯ばっかり食ってたんじゃねぇの? やたら血色いいじゃん」
うるさく話している同期の奴らを視界に入れたくない。だからずっと後ろの光景を眺めている。
僕が防具を着けていないため、ことあるごとにクスクスと笑ってくるのでストレスが半端ない。
飯は必要経費だ。
飯を食べて休暇中の冒険者の話を盗み聞いていれば、自慢げに付けているその鉄の胸当てが今から行く場所ではオーバースペックになるという事もわかっただろうに。
学院で今みたいな事を言われれば、一族の名誉のために言い返したり決闘していた。
でも、今の僕はただの平民だ。
名乗る事も許されないのに、自己満足で正義を振りかざして何の意味があるのか。
一ディナにもならない事なんてしたくもない。
止まった馬車の外に出ると、目に入ったのはブラディア城下のような木造の街ではなく、城壁と同じ素材で作られた箱形の家が連なる光景だった。
――◆◇◆――
ほとんどの乗客が目指す先は当然ギルド支部だ。
一団に混ざり歩いていくと、長城壁を模したギルドの紋章が掲げられている建物が見えてきた。
中に入ってすぐにらせん階段がある。
これが駅から直通でギルドに入る出入り口だ。
下りて行くと凝血石をつかったランプに照らされた、ブラディア城内の図書館のような空間に出た。
前を行く先輩達は滞在届を手早く書いて、依頼が張られたボードの前に進んでいく。
最初は文字の読み書きができなくても、真面目な人たちはすぐ覚えるらしい。
一々カウンターで聞くよりもボードで見た方がはやいし良い依頼がとれるんだから、当然だろう。
とはいえ、新人がいきなり先輩の真似をしても仕方が無い。
文字が読めるからといって受付嬢のアドバイスも聞かずに依頼伝票を突き出すのはいかがなものか感がある。
「はじめまして。新人冒険者のザートといいます」
「はーい、私は受付のマーサでーす。よろしくお願いしまーす」
受付に行くと、目の前に幼い笑顔が飛び込んできた。
赤みがかった茶色の髪をポニーテールにまとめ、ぷにぷにとしたゆびが受付嬢の制服の裾からちょこんとでている。
表情は幼く好奇心に満ちた顔をしていて、てへへーと笑う様子はなるほど、いかにもに幼女ですね。
あざとい。
「こちらこそ、しばらくお世話になります。僕はブートキャンプを終えたばかりなんですが、ソロでもできる仕事はありますか?」
とりあえずスルーしてこちらの要求を伝えると、彼女は無表情になって黙ってしまった。
そしておもむろにポニーテールをほどき始めた。
ゆるいくせっ毛のセミロングをガシガシとかく。
その仕草は明らかに不機嫌な大人のそれだ。
もしかして僕のせいだろうか?
でもいい大人が『てへへー』とかやっていたら、たとえドワーフの美人でもアウトだと思うんだ。
「リズー、こいつ『いい大人がなにやってんだ』みたいな目で見てくるー。なんかしゃらくさいんだけどー」
しゃらくさいとかいいだした。明らかに子供の使う言葉じゃないし。
「しゃらくさい、じゃない。そうやって人を試すのは良くないっていってるでしょ!」
青い髪にめがねをかけた色白の女性が現れた。
貫禄からして、この人がギルドマスターかな?
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