第49話 再訪
西暦二〇二七年六月八日。
「もう一年半以上前だものね。プエラちゃんに写真、ちゃんと渡さないとね」
レナは以前、ファルケム族という少数民族の村で一晩泊めてもらったことがある。その時に、そこに住む少女プエラと一緒にスマホで写真を撮った。その写真をいつか渡しに行くと言って別れを告げたのだが、まだ約束を果たせていなかった。
もうすぐ王都に乗り込むことになる。今を逃せばここに戻って来るタイミングは無いかもしれない。レナはユウトに無理を言って、東京に戻ったのだ。
「とは言っても、行くだけで大変なのよね……」
ファルケム族の村の位置は、本来の地図上で千葉県の鎌ヶ谷のあたりだ。
本来なら歩いて行く場所ではない。
しかし、二十三区の外は何も無い荒野が広がっている。
ファルケム族の村のそばには廃線同然の線路と朽ちた電車が放置されていたが、あれは使えそうにない。
電車もバスも通っていないとなると、高校生には徒歩で行く他ないのだ。
「大学入ったら運転免許でも取ろうかしら……」
そんな独り言を呟いていると、レナの目の前に一台の4WD車が停まった。
レナは一瞬警戒したが、運転席から手を振る人を見て表情を緩める。
「ヨシアキさん?」
「よっ、レナちゃん。ファルケム族の村に行くんだろ? 乗ってくか?」
「で、でも、何で東京に?」
首を傾げるレナに、ヨシアキは笑顔で言う。
「ユウトの奴から頼まれてさ。レナちゃんが何たら族に会いに行くから、車で送ってやってくれって」
「ユウトが?」
全く、何なのよあいつは。
心の中で毒づいてから、ヨシアキに微笑みかける。
「それじゃあ、近くまで乗せてもらおうかしら?」
「おうよ。助手席でも後ろでも、好きなとこ座んな」
レナは後ろのドアを開け、ヨシアキの斜め後ろの後部座席に座った。
荒野を走ること一時間。
車はファルケム族の村の近くに着いた。
「ここでいいわ。後は歩いて行くから」
「ほい。じゃあ気を付けてな」
レナはドアを開け、車を降りる。
ヨシアキは短くクラクションを鳴らし、来た道を戻っていく。
それを見送り、遠くに立つ鉄塔に目を向けた。
「私のこと、覚えてくれてるかしら……?」
ふと不安になるが、すぐに期待の感情がそれを上回る。
レナは「よし」と気合いを入れ、鉄塔目指して歩き出した。
村の入り口で立ち止まり、誰かいないか探す。
知っている人が都合よく通らないかしら? なんて考えていると、一人の男性と目が合った。
「! レナさん、レナさんですよね?」
「ノバム……! 久しぶりね」
ノバムは以前この村に来た時に、最初に会ったファルケム族の人だ。
とても印象に残っている。
「お久しぶりです。王都を目指されていると噂で聞きましたが、今日はどうしてこちらに?」
「約束を果たそうと思って」
「約束、ですか?」
「プエラちゃん、いるかしら?」
「ああ……! 少々お待ちを」
問いかけると、ノバムは納得したような表情を浮かべて村の広場へと駆け出した。
「良かった、みんな元気そうね」
しばらくして、ノバムが戻ってくる。
「プエラちゃん、広場で遊んでました。さあ、早く会ってあげてください」
「分かったわ」
レナが鉄塔の立つ広場に向かうと、木の枝で地面に絵を描くプエラの姿が見えた。
何を描いているのだろうか。後ろからこそっと覗き込むと、それは誰かの似顔絵だった。
もしかして、私……!?
その絵はどこかレナに似ている。というかレナそのものだ。
プエラはずっとレナとの再会を待っていたらしい。
これは早く声を掛けてあげなければ。
レナはプエラの肩をぽんぽんと叩く。
「プエラちゃん、絵上手ね」
「うん、レナお姉ちゃんだよ。旅人さんなんだ」
プエラがこちらを振り向く。
そして、びっくりした顔で声をあげる。
「って、レナお姉ちゃん!?」
「久しぶり。驚かしちゃってごめんなさいね」
口をあんぐりと開け、目をぱちくりとさせるプエラ。
レナはプエラを抱きしめながら言う。
「約束、随分と待たせちゃったわね。ずっと待ってくれてたのよね?」
「待ってたよ。でも、大丈夫。レナお姉ちゃんは旅人だから、すぐには戻ってこないって分かってたから」
「そう。あなたは強いわね」
レナは右手でプエラの頭を撫でつつ、左手でポケットを漁る。
そして一枚の写真を取り出した。
「約束のあの写真、ちゃんとプリントアウトしてきたわよ」
「見せて見せて!」
約束した時もそうだけど、《プリントアウト》がどのような行為か理解していないでしょう?
無邪気にぴょんぴょんと飛び跳ねるプエラを見て、レナは心の中で呟く。
「うわぁ! あの時のプエラとレナお姉ちゃんだ!」
「そうよ」
「すまほのしゃしん、どうやって紙にしたの? もしかして魔法使った?」
やっぱり《プリントアウト》は理解してなかったのね。
でも、説明したところで通じるとも思えない。
ワイファイとかプリンターとか、プエラから見れば魔法みたいなものだろうし、ここは魔法ということにしておこう。
「ええ、魔法の道具でね」
「へぇ! 色んな道具持ってるんだね!」
写真を眺めながら、目を輝かせるプエラ。
レナはその様子を微笑ましく見つめていた。
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