第50話 惜別
プエラと遊んでいるレナの元に、長老がやってきた。
「レナさん、久しぶりじゃな」
「長老、お久しぶりです」
レナが立ち上がってお辞儀をすると、長老は笑いながら手を持ち上げた。
「あの魔導書は大事にしてくれてるかな?」
「ええ。頼りにさせてもらっているわ」
「そうか。なら良かった」
村の大事な魔導書を気にかけていた長老は、レナが有効に使っていると知って嬉しかったようだ。
「それで、今日は泊まっていくのかね?」
長老の質問に、レナは首を横に振る。
「いえ、夕方には戻らないといけないの。ごめんなさい」
頭を下げるレナに、長老が優しく言う。
「それは残念じゃが、謝る必要はない。王との戦いを控えておるんじゃろう?」
「ええ。一週間後にモクスターと戦う予定です」
レナが答えると、長老はこう告げた。
「レナさん、あの王はこの世界で最強の人間じゃ。無事を祈っておるぞ」
「ありがとうございます」
長老はレナの肩をぽんと叩き、建物へと去っていく。
「……世界最強、ね」
「レナお姉ちゃん?」
呟くレナの顔を、プエラが心配そうに覗き込む。
「いえ、何でもないわ。ごめんなさいね、次は私の番よね」
レナは慌てて笑顔を作り、プエラの隣にしゃがんだ。
午後三時。
レナのスマホにメッセージが届いた。
【レナちゃん、迎えに来たぜ】
ヨシアキからだ。
どうやらもう着いているらしい。
レナはスマホをポケットに戻してから、口を開く。
「プエラちゃん、私そろそろ行かないとなのよ」
「えー! もっと遊びたいよぉ!」
それを聞いたプエラはレナに抱きついて離れなくなる。
レナは頭を撫でつつ話しかける。
「私も本当はもっと遊んでいたいけれど、今日は帰らないと」
「やだ! レナお姉ちゃん帰っちゃダメ!」
「プエラちゃん……」
困っていると、プエラの母親が怒った様子で近づいてきた。
「こらプエラ! またレナお姉さんに迷惑かけて!」
プエラは母親に腕を掴まれ、レナから引き剥がされる。
「ママ、待ってよ!」
必死に抵抗するプエラだったが、親子の力の差は大きく、もう一度レナに触れることは叶わなかった。
「すみません、プエラが度々ご迷惑をおかけして」
申し訳なさそうに言うプエラの母親に、レナは小さくかぶりを振る。
「いえ……」
そしてプエラの顔を見て、微笑みを浮かべた。
「……プエラちゃん、さようなら」
「レナお姉ちゃん、またね……!」
プエラは寂しそうな表情で、右手を振る。
しかし、レナは手を振り返すことが出来なかった。
モクスターを倒せば、世界は元通りになる。
そうなれば、二度とここに来ることは不可能になる。
「私だって、『またね』って言いたいわよ……」
踵を返したレナは、村の外に向かって歩きながら涙を流していた。
村を出ると、荒野の中に車が停まっているのが見えた。
運転席からヨシアキが「おーい」と叫ぶ。
レナは車に駆け寄り、後ろのドアを開けた。
「レナちゃん、約束の写真は渡せたか?」
レナがドアを閉めると同時にヨシアキが話しかける。
「ええ、まあ……」
頷くと、ヨシアキは前を向いたまま言う。
「そうか、そりゃ良かった。じゃあ帰るか」
ヨシアキは車を発進させ、東京へと針路をとる。
レナは袖口で涙を拭い、鉄塔が見えなくなるまで村の方をじっと眺めていた。
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