第47話 未開拓エリア

 俺は里見さんとダンジョンのさらに奥へと進む。

 しばらくして、道が二手に分かれる。


「どっちに進みます?」


 俺が問いかけると、里見さんはマップウインドウを見ながら答える。


「こっちはまだ誰も行ってないみたいだし、調べておきたいかな」


 どうやら右側の道は未開拓エリアらしい。

 少し危険な気もしたが、第一層ならまあ大丈夫だろう。


「じゃあ、こっちに行きましょう」


 俺は里見さんの言葉に頷き、右側の道に入る。


「そうだ。さっき話しそびれてたんだけどさ、ユウト君は怖くなかったの? 東京を出ること」


 里見さんの質問に、俺は少し考えてから口を開く。


「……怖くなかったと言えば嘘になりますけど。でも、俺がやらなきゃいけないって思ったので」

「それはこの世界の為? それとも彼女さんの為?」

「どっちもって言いたいところですけど、ミサキの為ですかね……」

「青春だねぇ」


 里見さんはぽつりと呟く。

 もちろん元の世界を取り戻したいと思っている。だけど、ミサキを現実世界に帰してあげたいという思いの方が、俺の中では強かった。


「私はまともに恋愛してこなかったからなぁ。もしユウト君が彼氏だったら、人生もっと違ってたかもね」


 ふふっと笑う里見さん。


「里見さんと付き合いたい人、周りに結構いるんじゃないですか? 里見さんは可愛いしかっこいいし、モテそうに見えますけど」


 俺としては里見さんは女性としてかなり魅力的に感じられるが、そんなにモテなかったのだろうか?

 俺の言葉に、里見さんは両手をひらひらと振って返す。


「いないいない。それに本当にモテないから。こんなこと言ってくれたの、ユウト君が初めてだよ」

「そのレベルですか?」


 驚く俺に、里見さんはこう続けた。


「私、こう見えて子供の頃は病弱でさ。あんまり学校通えなかったんだ。だから、ちゃんとした友達が出来たのは中学とか高校時代で。でもそこも女子校だったから、恋愛とか無縁だったのよ。それからは自衛官だし、モテるタイミングとか無かったってわけ」

「そうだったんですね……。すみません、余計なこと言って」


 予想以上に重たい話が返ってきて、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 しかし里見さんは全然気にしていない様子でけらけらと笑う。


「別に平気、黒歴史とかじゃないから。むしろ年下の男の子に『モテるでしょ?』なんて言われて嬉しいくらいだし」


 間々山曹長から紹介された時は真面目そうな女性だと思ったが、ここまでポジティブで楽しい人だったとは。いや、最初のあの態度は病弱だった頃の名残なのか?

 これ以上深く干渉するつもりはないので聞きはしないが、ファーストインプレッションと今とではかなり印象が異なる。


「やっぱり俺には、里見さんはモテるように見えますけど」

「あははっ。ユウト君は優しいね」


 里見さんはお世辞だと流しているようだが、俺のこの言葉は本心だ。

 知れば知るほど意外な一面が見えてくる女性というのは、とても魅力的だと感じられる。

 そうか、だから俺はミサキにここまで惹かれたのか。

 ふとミサキの顔が思い浮かぶ。


「ユウト君、ストップ」


 突如、里見さんが腕を伸ばして俺を制止した。

 何事かと前を見ると、そこにはモンスターの姿があった。

 どうやら俺は考え事に夢中になりすぎていたらしい。

 新人と言えどさすが自衛官、里見さんに助けられた。


「今度は里見さんが攻撃してください。俺は援護に回ります」

「了解」


 里見さんが自衛官的返事を返したのと同時に、俺は折りたたみ傘の柄を伸ばす。


「ハチキュウは訓練でしか扱ったことないけど、ちゃんと命中させないとね……」


 里見さんの言う《ハチキュウ》とは、陸上自衛隊の主力小銃である《89式5・56mm小銃》のことだ。

 モンスターに銃口を向け慎重に照準を定めると、里見さんは引き金に指をかけた。


『キィン』


 銃口からオレンジ色の線、バレットレーザーが伸びる。


「ガルルルル……」


 モンスターは先ほどと同じトラ型。

 牙をむき出しにしてこちらを威嚇している。


『バン!』


 里見さんが引き金を引く。

 銃弾はバレットレーザーの描いた軌道をなぞりトラの額を撃ち抜いた。

 しかし、まだトラモンスターのHPは半分残っている。


「里見さん、早くもう一発!」

「分かってる」


 里見さんが再び照準を定めようとしたその時、トラが高く跳び上がった。


「ガウッ!」


 口を大きく開け、俺たちに噛みつこうとしている。


「避けろ!」


 俺が叫ぶと、里見さんは地面を蹴って後ろに跳んだ。

 直後、トラが俺たちのいたところに砂埃を立てて着地した。


「ガルル!」


 身震いして、こちらを睨みつけるトラ型モンスター。

 里見さんは恐れることなく銃口を向ける。


『バン!』


 二発目も見事にトラの額に命中。

 今度は当たりどころが良かったらしく、トラのHPは全損した。

 キラキラとした光の粒子がダンジョンに散らばる。


【里見ソラのレベルが34に上昇しました】

【回復ポーションを獲得しました】


 里見さんはため息を吐き、銃を下ろす。


「倒せて良かった……」

「ナイスプレーでしたよ、里見さん」


 俺が声を掛けると、里見さんは微笑みを浮かべて返す。


「ユウト君がどれだけすごいのか、やっと分かった気がするよ。そりゃ間々山曹長も頼りにする訳だ」

「いえ、俺はただ傘振り回してるだけですから」


 謙遜すると、里見さんは「あはは」と笑った。

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