第46話 平和協力活動

 西暦二〇二五年十月二十日。アグリケート村。

 この山あいの農村に、迷彩服姿の集団がいた。


「只今より、国際平和協力活動を開始する。今日の活動はダンジョン内のモンスター討伐。危険な任務だ。油断しないように」

「了解!」


 間々山ままやま曹長の言葉に、隊員たちが大きく返事をする。

 この集団は、日本政府が派遣した陸上自衛隊だ。


 ハッキングから二ヶ月。

 東京は深刻な食糧不足に陥っていた。

 それもそのはず、東京の食料自給率はほとんどゼロなのだから。

 そこで政府は、この異世界の農村と取引をした。

 ダンジョンのモンスター討伐と引き換えに、食糧を恵んでほしいと。

 モンスターの存在に悩まされていたアグリケート村は、その提案をすぐに受け入れた。

 こうして、陸上自衛隊は今この村にいるのである。


「いやぁ、無関係のユウト君に手伝わせてしまって申し訳ないね」


 間々山曹長が話しかけてくる。

 俺はかぶりを振って返す。


「いえいえ、誰よりもモンスターとの戦いには慣れてるはずですから」

「そうかい、それは頼もしいね」


 間々山曹長は笑みを浮かべる。

 そして、一人の女性隊員を呼び寄せた。


「紹介するよ。こちらは里見さとみ二等陸士。四月に入隊したばかりの新人でな」

「陸上自衛隊二等陸士、里見ソラです。よろしくお願いします」


 深々と頭を下げるその女性隊員は、とても可愛らしい人だった。

 身長は百六十三センチほど、髪は短めで、銃を背負う姿からは凛々しさも感じられる。


弘前ひろさきユウトです。こちらこそよろしくお願いします」


 俺もかしこまって挨拶すると、間々山曹長が言う。


「君たちは年齢も近いんだし、もっとフランクに接したらどうだ?」


 フランクにと言われましても……。

 俺は里見さんと顔を見合わせる。


「ユウト君、どうしたらいいでしょう?」

「いや、里見さんがやりやすいようにやってもらえれば大丈夫です」


 里見さんも戸惑っている様子だ。

 そりゃいきなりフランクになんて無理な話ですよ。

 間々山曹長は説明を続ける。


「まあいい。それでだ、君たちに任せるのはダンジョンの一層。そこまで危険な場所じゃないから、二人だけで行ってもらいたい」


 ダンジョンというのは下層へ行けば行くほど強力なモンスターが出現するものだ。新人自衛官と折りたたみ傘剣士の謎コンビにはちょうどいいだろう。


「分かりました」

「了解」


 俺と里見さんは同時に頷き、早速行動を開始した。




 ダンジョンの入り口はアグリケート村の外れにあった。

 山の斜面に穴が空いていて、それが地下深くへと続いている。


「ユウト君はワールドリゲインタワーを目指してるのよね?」


 暗闇の中、里見さんが突然問いかけてきた。


「はい、そうですけど……」

「いきなり世界が変わっちゃったのに、どうしてすぐに東京を出る決断が出来たの?」

「それは、ミサキがいたからだと思います」

「それってもしかして、彼女さん?」


 首を傾げる里見さんに、俺は「はい」と答える。


「この話、言っていいのかどうか分からないんですけど……。この世界は仮想世界で、ミサキは現実から来たエンジニアなんです」

「…………」


 俺は思わずこの世界の秘密を言ってしまった。

 別に口止めされていた訳ではないが、あまり広めすぎるのは良くない気がして、今までは誰にも言わないでいた。

 里見さんは黙って前を向いたまま、ダンジョンを進む。


「さすがに信じられませんよね……。今の話、忘れてください」


 俺が言うと、里見さんは立ち止まって呟く。


「ここが、仮想世界…………」

「里見さん、冗談です。本当に何でもないです」


 まずい。里見さんに精神的ダメージを負わせてしまった。

 俺含め周りの人間がおかしいだけで、普通はこの事実はそう簡単に受け止められるものではないはずだ。

 俺は任務の中断を提案すべく口を開こうとした。

 しかしその時、里見さんが急に笑い出した。


「あはははっ。難しく考える必要、無かったんじゃん」

「へっ?」


 素っ頓狂な声を出す俺に、里見さんが「ごめんごめん」と笑いながら謝る。


「自衛官になって早々、前代未聞の事態に遭遇して、モンスターと戦わされて。人生失敗したなぁ、なんて思ってたけど、仮想世界なら何でもいいや。ゲームみたいなもんって考えれば、この任務も楽しいものに思えてくるし」

「里見さん、意外とポジティブなんですね」


 良かった。これなら任務を中断する必要は無さそうだ。

 里見さんは人が変わったかのように明るい表情を見せる。


「ユウト君。討伐任務、二人で頑張ろう!」

「はい!」


 俺と里見さんの距離が少し縮まったのと同時に、ダンジョンの奥から「ガルルル……」と呻き声が聞こえてきた。


「モンスターかな?」

「おそらく。里見さん、銃を構えておいてください」


 里見さんが銃を構えるのを確認し、俺は折りたたみ傘を右手に持つ。

 ゆっくりと奥に進んでいくと、暗闇の中に青い双眸が浮かび上がった。

 直後、目の前にトラのようなモンスターが飛び出してきた。


「ガウッ!」


 俺は慌てて傘を肩に構える。


「四連撃剣技、ソニックブレイク!」


 傘が紫に光ったのを見て、思い切り横薙ぎに振るう。

 右から左、左から右。それをもう一度繰り返す。

 その間わずか数秒。

 剣戟スキルの力による人間離れした剣さばき、もとい傘さばきで、一瞬にしてトラ型モンスターは消滅した。


【弘前ユウトのレベルが57に上昇しました】


「これ、私いらなくない……?」


 ふと隣に視線を移すと、里見さんがこちらを呆然と眺めていた。

 しまった。一人で倒してしまった。


「すみません、次は一緒に戦いましょう……」


 俺は苦笑いを浮かべ、頭を掻いた。

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