第37話 転移門
一階のロビーに戻ると、アルジオとルーラが忙しなく何か作業をしていた。
「何してるんだ?」
問いかけると、二人は息を切らしながら答える。
「君たちの夕飯、作らないといけないでしょ?」
「食材が心許なかったので、今から買い出しに行って参ります」
そこまで気を遣わなくても。
と思ったが、俺たちは神の使いということになっている。そんな相手に素泊まりなんてさせられるわけないか。
「無理はしなくていいぞ」
「普通のご飯で全然平気だよ」
俺とミサキが微笑みかけると、ルーラは小さく頷いた。
するとそこへ、みんなが二階から下りてきた。
「よし、全員揃ったな。ちょっと情報集めに行ってくる。夕飯までには戻るよ」
俺はアルジオに声を掛け、みんなと共に外へ出た。
宿の前の広場にはそれなりに人の姿があった。
もう夕方なので家に帰る途中なのだろう。仕事終わりの男性や買い物を済ませた女性が多いように見受けられる。
これなら誰かに話を聞くのは容易だろう。
そんな中、カナミが広場の中央に目を留めた。
「ねえお兄ちゃん。あれって葛西にあったオブジェじゃない?」
妹が指差した方を見ると、そこには葛西臨海公園にあったものと全く同じ形をした石の門が建っていた。
「本当だ。でも、何でそれがここに?」
ゆっくりと近づき、石に触れる。
その瞬間、目の前に文字が表示された。
【転移門が解放されました。葛西に転移しますか? はい・いいえ】
「転移門?」
首を傾げる俺に、レナが話しかける。
「もしかして、一度訪れた場所ならこれを経由して簡単に移動出来るんじゃないかしら?」
「なるほどぉ、そりゃ便利だな。試しにやってみっか!」
それを聞いたヨシアキは石の門の前に立ち、ウインドウを開く。
【葛西に転移しますか? はい・いいえ】
「試すって、まさか転移するつもりですかっ?」
「やめておけ。戻れなくなったら苦労が水の泡だぞ」
ホノカとアカリは止めようとしたが、ヨシアキは【はい】を押してしまった。
「ちょっと、入谷さん!」
ミサキが大声で叫ぶと同時に、ヨシアキの体が光に包まれる。
光が消えると、彼の姿は跡形もなく消滅していた。
「ヨシアキさん、ホントに葛西に行っちゃったのかな……?」
呟くカナミに、俺は「多分」と返すことしか出来なかった。
転移門の前でぼーっと立ち尽くしていると、買い出しに行くと言っていたルーラが後ろから声をかけてきた。
「皆さん、どうなさいましたか?」
「ああ、ルーラか」
変に不安にさせてもいけないので、とりあえず事情を説明する。
「……ってことで困っていたんだが、どうすればいいと思う?」
一通り話し終えると、ルーラは笑みを浮かべて答えた。
「心配いらないと思いますよ。転移門は
「そっか、なら良かった」
俺たちはホッと胸を撫で下ろす。
直後、転移門が再び光り、中からヨシアキが飛び出てきた。
「これすげぇぞ! あっという間に移動出来るぜ」
「全く、入谷さんってば……」
興奮するヨシアキを見て、呆れた表情をするミサキ。
「でも、これを使えば足りない物を調達するのも簡単ってことよね? いつでも東京に戻れるのだから」
「そうだな。レナのエアガンの弾も買いに行けるってことだもんな」
レナの言葉に、俺はこくりと頷く。
俺たちにとって、東京への移動手段を手に入れられたのはとても大きかった。何より気軽に家に帰れるという安心感は何物にも代えがたい。
「えっ? そしたら宿に泊まる必要無くない?」
ふとカナミが呟く。
言われてみれば、確かに?
しかし、ミサキはそれを否定した。
「カナミちゃん、私としては宿に泊まった方がいいと思うな。やっぱり現地にいないと分からないこともあるはずだし」
「そうですよっ。この場の空気に触れているからこそ気付くこともあると思いますっ」
「ああ。それに、直接家に戻れる訳ではないのだから、いちいち移動するのは手間だろう」
続けて、ホノカとアカリが主張する。
妹の安直な考えに一瞬惑わされたが、三人の言う通りである。
必要以上に東京に戻るべきではない。
「今日はここに泊まろう。せっかく部屋も用意してくれてるし、急ぎで家に帰らなきゃいけないこともないだろ?」
俺が問いかけると、全員が首を縦に振った。
直後、ヨシアキが声をあげる。
「よっしゃ、ルーラの料理が楽しみだぜ!」
「はい。ヨシアキ様のご期待に添えるよう努力いたします」
ルーラが転移門の光に包まれ、どこかへと消える。
石のオブジェの謎を解いた俺たちは、ようやく情報収集を始めた。
「すみません、ちょっとお話いいですか?」
「突然すみません、聞きたいことがあるんですけど……?」
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「もしよろしければ、お話を聞かせてもらえないかしら?」
「あのぉ、ちょっといいっすか?」
「す、すみませんっ! あ、怪しいものじゃ、ないんですけど……。質問、していいですか……?」
「すまない。分かる範囲のことでいい、教えて欲しいことがある」
ひたすら村人に声を掛け続けること一時間。
いつの間にかすっかり日は暮れ、星が空に瞬いていた。
「ユウト。もうすぐ夕飯が出来るから、そろそろ切り上げて」
「おう、すぐに戻るよ」
後ろからアルジオが話しかけてきた。
俺はみんなに呼びかけ、宿屋へと戻る。
ロビーのテーブルの上には、豪華なご馳走がいっぱいに並べられていた。
「いや、普通のご飯でいいって言ったのに」
「こんなに作るの大変だったでしょう?」
俺とミサキが心配になるほどの料理の数々。
だが、それらはどれも美味しそうで食欲をそそられる。
「腕によりを掛けて作りました。皆さんのお口に合えばいいのですが……」
不安そうなルーラに、ヨシアキが笑いながら言う。
「これで不味いなんてこたぁねぇだろ。いっただっきまーす!」
大きな口を開け、唐揚げ的な料理を放り入れる。
「……おおっ、こりゃ美味いな!」
どうやらヨシアキはその料理を気に入ったようだ。
「良かったです。さあ、皆さんもどうぞ」
「早く食べないと冷めちゃうよ」
ルーラとアルジオに促された俺たちも、椅子に座って料理に手を伸ばす。
「お兄ちゃん、これめっちゃ美味しいよ」
「うん、これはイケるわね」
カナミとレナに薦められ、焼き魚を口に入れる。
「これは美味いな」
「ふふっ。ルーラちゃん、ご馳走ありがとう。とっても美味しいわ」
ミサキが微笑みかけると、ルーラは照れ臭そうに「えへへ」と笑った。
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