第32話 激闘
「やぁっ!」
薙ぎ払った傘がドラゴンの鱗を掠める。
しかし、ほとんどHPは減らない。
「ダメだ、この攻撃じゃ全然削れない。けど、動き回るから迂闊に近づくことも出来ないし……」
呟くと、カナミも困った様子で声をあげる。
「お兄ちゃん。卵があと一個しかないんだけど、どうすればいい?」
いや、俺に聞かれても。
「そうだな……。ここだって思った時に使え」
「それどんな時!?」
卵を握ってあたふたする妹は置いておいて、他の仲間に視線を向ける。
ミサキのMPは残り三割まで減っていて、レナの残弾も残りわずか。ヨシアキ、ホノカ、アカリの包丁戦法にも限界がある。
このままでは劣勢だ。
「まずいな……」
その時、ドラゴンの動きが止まった。
「おい、動きが止まったぜ」
「でもっ、油断させておいて急に襲ってくるパターンかもですよっ!」
ヨシアキとホノカの言葉に、俺は警戒心を強める。
動きが止まっている状況は確かにチャンスだ。しかし、これが罠だった場合は一転してピンチに追い込まれる。何も考えずに飛び込むのは危険だろう。
「ユウト君、攻撃しなくていいの?」
ミサキの問いかけに、頷いて答える。
「したいけど、ドラゴンの意図が読めない以上は下手に近づきたくない」
「そうね。ここで無防備に突っ込んだら反撃を喰らう可能性が高いわ」
レナは愛銃のマガジンを交換しながら意見を述べる。
「ユウト、すまない。このモンスターには状態異常魔法は効かないようだ。このまま動きを封じることも難しいだろうな」
魔導書を左手に持ったアカリが言う。
このドラゴンはおそらくボスモンスタークラスの強さだ。状態異常耐性があっても不思議ではない。だからこそ、どう攻略すべきかしっかりと考えなければならない。
「となると、ドラゴンが何を企んでいるのかを知る必要があるな……」
ドラゴンは完全に動きを止め、目を瞑っている。
これが何を意味するのか。
考えを巡らせていると、ヨシアキが口を開いた。
「なんかとんでもねぇ魔法とか出さねぇよな?」
魔法……。
「ヨシアキ、多分それだ! こいつはきっと魔力を蓄えてる。魔法を放つ前に倒さないと……!」
俺たちは一斉にドラゴンに攻撃を仕掛ける。
HPが徐々に削れていく。だが、まだ半分以上残っている。
このペースでは魔法が放たれるのは時間の問題だ。
「まずい、間に合わない……!」
俺は最後に《刺突剣技クイックスタッブ》を発動させる。技の発動後にドラゴンから距離を取れば良いと考えたのだ。
しかし、その考えは甘かった。
「ドラゴンさんの口の中に魔法陣がっ!」
「ユウト君、早く離れて!」
ホノカとミサキが叫ぶ。
俺は必死に後ろに跳ぼうとしたが、剣戟スキルのモーションを途中でキャンセルすることは出来なかった。
「しまった……!」
傘がドラゴンの腹に突き刺さる。
「グオォォォ!!」
その直後、周囲が炎に包まれた。ドラゴンの火炎魔法だ。
「お兄ちゃん!」
「ユウト!」
カナミとレナが俺の名前を呼んでいるのが聞こえる。
みんなを置いて、ここで死ぬわけにはいかない。そして何より、ミサキを元の世界に返してあげなければならない。
息も出来ないような状況の中、俺は生き残る術を探る。
「もしかして、このまま奥に押し込めば……」
折りたたみ傘はドラゴンの腹に刺さったままの状態だ。それだけでもHPはゆっくりと削られている。
ドラゴンさえ倒せばこの炎も消えるんじゃないか。
「今はこれに賭けるしかない」
俺は傘の柄を強く握り、腹を抉るように深く突き刺していく。
燃え盛る炎のせいでドラゴンの表情も見えなければ声も聞こえないので、苦しんでいるのかどうかは全く分からない。
HPバーだけを頼りにドラゴンにダメージを与え続ける。
【ブルースケイルドラゴン HP:7200/50000】
【弘前ユウト HP:11700/35000《scald》】
あと少し。だが、俺も炎に焼かれている上にやけど状態とあって、HPが急速に削られていく。
どっちが先に倒れるか。
一ミリでも奥へ、傘を持つ手に力を込める。
「お兄ちゃん、どこにいるか分からないけど投げちゃうからね!」
「カナミ……!?」
突如、炎の向こうから妹が叫んだ。
あいつは一体何を仕出かそうというんだ。
その瞬間、ドラゴンの体に白くて丸い物体がコツンと当たって割れた。
『ドカーン!』
大爆発が起き、土煙が視界を覆う。
爆風に耐えつつ、慌てて左上のHPゲージを見る。
【HP:2300/35000】
良かった、ギリギリ生きている。
それと同時に、カナミが投げたのが最後のエッググレネードだったと気づく。
「ここだって思った時に使えとは言ったけど、それって今か……?」
妹の少々理解不能な行動に、俺は呆れた声で呟いた。
土煙が晴れると、目の前に文字が浮かび上がる。
【エリアボスの討伐に成功しました】
【ジャイアントキリング報酬を獲得しました】
【弘前ユウトのレベルが37に上昇しました】
「ユウト君……!」
「おっと……」
抱きついてくるミサキを受け止め、優しく頭を撫でる。
「ユウト君、生きててくれて本当に良かった……!」
「ミサキ、そんなに泣くなよ。可愛い顔が台無しだろ?」
彼女は俺の胸に顔を埋め、しくしくと泣いている。
それだけ心配してくれていたのだろう。
俺はミサキが泣き止むまで、彼女の体をそっと抱きしめていた。
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