第23話 魔導書

 翌日、西暦二〇二五年七月二十七日。

 レナは誰かに体を揺さぶられ目を覚ます。


「お姉ちゃん、いつまで寝てるの? もうお昼だよ?」

「…………えっ?」


 バサッと体を起こすと、目の前にプエラが座っていた。


「やっと起きた。お姉ちゃんって、ねぼすけさんなんだね!」


 私が、寝坊助……?

 スマホのロック画面を見ると、十一時五十八分と表示されていた。

 変な時間に起きたせいで睡眠リズムが狂ってしまったのか。

 慌ててスマホをポケットに仕舞い、ハンドガンをホルスターに入れる。


「ごめんなさい、ずっと起こしてくれてたの?」


 問いかけに、プエラはこくりと頷く。


「そうだよ。だってお姉ちゃん、明日お話してくれるって言ってたもん!」

「そ、そうだったわね。でも、お昼過ぎにはここを出ようと思っているのよ……」


 東京までの距離を考えると、最低でも正午には出発する必要があった。

 午前中にプエラと遊んであげようと考えていたが、まさか寝坊してしまうなんて。

 私としたことが、とんだ大失態ね……。

 自分に呆れていると、ノバムが入ってきた。


「レナさん、ようやくお目覚めになりましたか。あの時全ての力を使い果たしてしまったのではないかと心配してましたよ」

「ああ、いえ。別に大して力は使ってないわ」


 ホッとした様子のノバムに、レナが微笑みかける。

 するとノバムは一転して真剣な声色で告げた。


「長老がお待ちです。広場の方へ」

「わ、分かったわ。すぐ行くから、ちょっと待ってて」


 ノバムが家から出て行くと、プエラの方に体を向ける。


「プエラちゃん、本当にごめんなさい。お話はまた今度ね」

「えぇ〜!? やだ! もっとお姉ちゃんとお話するの!」


 だだをこねるプエラ。

 レナは優しく頭を撫で、スマホ画面を見せた。


「この写真、今度プリントアウトして持ってくるから。約束するわ」

「ほんとに?」

「ええ、絶対に」


 プエラが小指を差し出す。

 レナは柔らかい表情を浮かべ、指切りを交わした。




 鉄塔の建つ広場に向かう。

 そこには槍を突き立てた男性陣と、彼らに囲まれた長老の姿があった。

 物々しい雰囲気に、少し緊張する。


「レナさん、こっちに来なさい」

「はい」


 長老に呼ばれ、そばに近寄る。


「この村を苦しめてきた漆黒の亡霊を退治してくれたこと、心より感謝する」

「いえ、そんな。私は別に」

「うむ、謙虚じゃな。最後までその姿勢を貫いたお主には、これを授けよう」


 長老がノバムから何かを受け取り、レナの前に差し出す。


「これは、書物?」


 手渡されたのは、分厚い本のようなものだった。

 表紙は茶色く変色しているが、中のページはまだ綺麗そうだ。


「ファルケム族に代々伝わる魔導書じゃ。救世主であるレナさんに、是非受け取ってほしい」


 魔導書。それもこの村にずっと伝わってきたもの……。

 手に持ったそれと長老の顔を交互に見て、サーっと血の気が引いていく。


「この村にはもう魔法を使える者はおらん。お主は神の使いじゃろう? レナさんなら、きっとその魔導書を有意義なものにしてくれると信じておる」


 救世主はまだしも、神の使いって。

 長老も村の人たちも、なんかすごい勘違いしてません……?


「ファルケム族の救世主に、盛大な拍手を」


 ノバムの掛け声の後、パチパチパチと全員から拍手を送られる。

 それも昨日の宴の比じゃない人数に。


「あ、あの……! 私、神の使いなんかじゃ、ないのだけれど……」


 レナは頑張って口に出してはみたものの、声が小さすぎて拍手にかき消されてしまう。

 あまりの恥ずかしさと申し訳なさに、顔だけでなく耳や首までもを真っ赤にして、しばらく俯いていた。


【クエストクリア報酬 魔導書を獲得しました】




「では、お気を付けて」

「また会える日を楽しみにしておるぞ」

「お姉ちゃん、またねー!」


 村人に見送られ、東京へと向かって歩き出す。


「こういう場合の『またね』って、基本的に『また』は無いのだけれど。プエラちゃんとの約束、破るわけにはいかないものね」


 呟き、レナは一人微笑みを浮かべた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「で、これがその魔導書よ」


 レナが魔導書をテーブルに置く。

 俺とミサキ、カナミは覗き込むようにしてそれを見た。


「これが魔導書か……」

「私の魔導スマホと全然違うね」

「なんか急にファンタジー感出ますね」


 表紙にはゲーム的な魔法陣が描かれていて、その下には不思議な文字が書いてある。


「で、これは何て読むんだ?」


 問いかけると、レナは「さあね」と言って両手を肩の位置まで上げた。


「え? 読み方分からないのか?」

「しょうがないじゃない。ファルケム族の言語スキルなんて獲得してないし、そもそもこれが何語かなんて聞いてないもの」


 キレ気味に返されてしまい、何も言えなくなってしまった俺。

 すると、それを見兼ねたミサキが口を開いた。


「じゃあファルケム族? の人はなんて言ってたの?」

「そうね……。村に代々伝わるものとは言っていたけれど、それ以上は何も」


 レナはそう答えた後、何かを思い出した様子で「あっ」と声をあげた。


「レナさん、どうかしました?」


 カナミが首を傾げる。


「これ、多分クエストの報酬なのよ」

「クエスト?」

「ええ。きっとこれを貰えたのは村を襲う魔物を倒したから。村に伝わるとかそういうのは設定なだけで、もしかしたら気にしなくていいのかも」


 確かに、この魔導書がクエストの報酬ということであればファルケム族はただのNPCで、あくまでゲーム世界の設定に沿った内容を話しただけの可能性が高い。しかし、レナの話を振り返ってみるとファルケム族が単なるNPCではないように感じられる。

 ミサキの顔を見ると、彼女も同じ感想を抱いているようで、顎に指を当てて考え事をしていた。

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