第22話 漆黒の亡霊

「おい、何だこの明かりは!」

「早く槍を持って来い!」


 まだ真っ暗だと言うのに、何だか外が騒がしい。

 多分深夜二時か三時くらいだと思うが、一体どうしたのだろうか。

 レナは体を起こし、ちらりと外を覗いてみる。


「漆黒の亡霊よ、早く森に帰れ!」


 ノバムの声が聞こえる。

 まさか漆黒の亡霊が村に?

 スマホをポケットに入れ、ハンドガンを右手に持ち、外に出る。


「ヴァァァ……」


 すると目に飛び込んできたのは、明るく照らされたアンデッドモンスターだった。


「ノバム、これはどういう状況なの?」


 問いかけると、ノバムは一瞬驚いた表情をしてから言う。


「君は外に出てはいけない。早く家に入るんだ」

「私は状況を聞いているの。言い争っている時間が無駄」


 イラっとした様子でレナが返すと、ノバムは仕方なく状況を説明する。


「家の陰に変な明かりが置いてあって、そこに寄ってきたらしい。一体誰があんな物を……」


 アンデッドを照らしている物、それは自販機だった。

 きっと鉄塔と同じタイミングでここに出現したのだろうが、存在感が薄く気が付かなかったのだろう。

 それよりも、まずは一刻も早くアンデッドを撃退しなければ。


「槍を持って来たぞ」

「よし、攻撃開始だ」


 ノバムら男性陣は槍を片手にアンデッドに果敢に立ち向かう。


「やぁ!」

「はっ!」


 しかし、アンデッドもなかなかに手強い。

 徐々にノバム達が劣勢に追い込まれていく。


「ねえ、大丈夫なの?」

「いいから、レナさんは下がっていなさい!」


 ノバムはそう言うが、明らかに持ちこたえられる感じではない。

 レナはハンドガンを右手でくるっと回し、アンデッドに向けて構えた。


「あなた達、そいつから離れて」


 あまりの剣幕に、ノバムら男性陣はすぐにアンデッドから離れる。

 それを見たレナはセーフティレバーを下げ、引き金に指をかけた。


『キィン』


 オレンジ色のバレッドレーザーが銃口から伸びる。

 その瞬間、ノバム達が「おおっ」と声を漏らす。

 アンデッドの弱点が分からないので、とりあえず目を狙う。


『バン!』


 引き金を引くと、放たれた弾丸はアンデッドの右目を貫いた。


「ヴアァァッ!」


 アンデッドが悲鳴をあげる。

 これは効いている。次は左目。


『バン!』


 ヒット。


「ヴアアアアッ!」


 直後、アンデッドは断末魔の叫びとともに粒子となって消滅した。


【吉野レナのレベルが17に上昇しました】

【クエストが達成されました】


 ふぅっと息を吐き、ハンドガンをホルスターに戻す。


「女の子が一人で……」

「漆黒の亡霊を、倒した……?」


 口をあんぐりと開けている男性陣。

 本気モードのレナはアンデッドよりも恐さがあり、ノバムはしばらく声を掛けられなかった。




 自販機の明かりの前で、レナは村人に囲まれていた。


「本当に何とお礼を言ったらいいか……」

「それに比べて、男どもは何をしていたのよ」


 女性陣に責められる男性陣の姿を見て、居たたまれない気分になる。

 するとノバムが腰のハンドガンを指差して聞いてきた。


「レナさん、その道具は一体?」

「ああ、これ?」


 レナは得意げに《グロック18c》を引き抜き、村人に見せる。


「これはハンドガンよ。本物ではないのだけれど、それなりに威力はあるわ」


 村人たちは不思議そうにそれを眺めている。


「本物ではない、ということは、本物はそれ以上の威力があると?」

「ええ、そうよ。本物はエアガンとは全く違うわ」


 男性陣が目を輝かせる。

 基本装備が槍のファルケム族にとって、銃は文明レベルが遥かに上だ。

 ハンドガンを持っているだけで羨望の眼差しを向けられるなんてことは無いので、少しこそばゆい。


「他にも何か面白いもの隠してるんじゃないですか? 全部見せてくださいよ」


 村人たちにせがまれ、戸惑いつつもポケットからスマホを取り出す。


「これ、とか?」


 ロック画面を表示させると、おおっと驚嘆の声があがる。


「それも攻撃するものですか?」


 問いかけに、いいえと首を振る。


「スマホは武器じゃないわ。遠くにいる人と話をしたり、知らないことを調べたり。あとは写真なんかも撮れるわね」

「お姉ちゃん、シャシンって何?」


 その時、宴で話しかけてきた小さな女の子が再び近寄ってきた。


「こら、プエラ! あなたは寝てなきゃダメじゃない!」


 母親らしき女性が注意するが、女の子は気にも留めずに笑顔でこちらを見つめている。


「それじゃあ、プエラちゃん、でいいのよね? 写真が何か教えてあげるわね」

「うん!」


 小さな女の子、プエラは嬉しそうに頷く。

 母親に視線を送ると、すみませんといった苦笑いが返ってきた。


「お母さんが心配してるから、一枚だけね」


 プエラの隣にしゃがみ、スマホのカメラアプリを起動してインカメラに切り替える。

 そこでふと思い出す。

 そういえば私、自撮りなんてしたことないわ。

 持つ手が震え、どうシャッターを押せばいいのかも分からない。


「お姉さん、プエラはどうすればいい?」


 プエラの問いかけに、慌てて答える。


「えっ? ああ、そうね……。自分が一番可愛く見えるポーズを取るといいわ」

「かわいいポーズ、こうかな?」


 胸の前で手をぎゅっと握り、首を少し傾げてニコッと笑うプエラ。

 あなた、その歳で随分とあざといわね……。


「いくわよ。はい、チーズ」


 安定する持ち方を見つけ、シャッターを押す。


『パシャッ!』


「うおぅ」


 フラッシュが焚かれ、村人たちの体がぴくりと反応する。


「ほら、プエラちゃん。可愛く写ってるわよ?」

「わぁ……!」


 写真を見せると、プエラは嬉しさと恥ずかしさが交ざったような表情を浮かべた。


「もうプエラったら、レナお姉さんに迷惑かけちゃダメでしょ。すみません、貴重な道具を使わせてしまって……」

「ちょっと、待ってよママ!」


 母親に腕を掴まれ、引っ張られていくプエラ。


「明日もまたお話できるから、今日はもう寝なさい」


 レナが微笑みかけると、プエラは少し残念そうにバイバイと手を振った。


「皆さんも、お騒がせしました。私はもう寝ますね」


 頭を下げ、家へと戻る。

 ハンドガンとスマホを枕元に置き布団に入ると、すぐに眠りについた。

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