第21話 歓迎の宴
西日を浴びながら鉄塔に寄りかかっていると、長老が家の中から手招きしてきた。歓迎の準備が出来たのだろう。
入ってみると、子供からお年寄りまで十五人ほどの男女が笑顔で出迎えてくれた。壁や天井が派手に装飾され、真ん中に置かれた台の上には色とりどりの料理が並んでいる。
「「ようこそ、ファルケム族の村へ!」」
パチパチパチと盛大な拍手を受け、レナは床に置かれた座布団代わりの布に座る。
「さあレナさん、好きなだけ召し上がってください!」
若い女性がこんがり焼かれた肉の塊を皿に乗せ、目の前に差し出す。
だが、その形は鳥のフォルムそのもので、微妙に食欲を削がれる。
女性がどうぞと促す。さすがに『あっちの焼き魚が食べたいのだけれど』なんて言えないので、とりあえず一口齧ってみる。
「はむっ。……ん、美味しい」
外はカリッと中は柔らかく、程よく脂が乗っていてスパイスの味付けも丁度いい。見た目はちょっとアレだが、これはイケる。
「お口に合ったようですね」
満面の笑みを浮かべる女性に、レナは微笑みを返した。
「では、ワシらも頂くとするかのう」
長老の言葉を合図に、全員が一斉に料理に手を伸ばす。
ワイワイと楽しげな声が村に響き始め、レナを歓迎する宴が始まった。
「お姉ちゃんはどこから来たの?」
鳥の肉を頬張っていると、小さな女の子が話しかけてきた。
「東京よ」
「トウキョウ……?」
しまった。答え方を間違えた。
慌てて訂正する。
「東京っていうのは、ここから西にある都市のことよ。私はそこに帰るところなの」
「へぇ。じゃあお姉さんは旅人なんだね?」
旅人。この子にはそう見えるのか。
「ええ。今日は東の森に行っていたのだけれど、帰りが遅くなってしまったのよ」
すると、先ほどの男性《ノバム》が口を挟んだ。
「東の森? それはシルバの森のことか?」
「名前は知らないけれど、多分その森よ」
何か問題でもあっただろうか?
首を傾げていると、ノバムはこんな言葉を返した。
「よくぞご無事で」
「? ど、どうも……」
とりあえず頷いておいたが、何のことやらさっぱり分からない。
戸惑っていると、長老が話を始めた。
「レナさん。シルバの森には二度と近づかん方がいい。今回は無事だったようじゃが、恐ろしい魔物に襲われてしまうかもしれんからな」
「恐ろしい、魔物……?」
「うむ。かつてあの森はファルケム族の絶好の狩り場だった。じゃが、ある日のこと、いつものように狩りに出た者が帰ってこなかった。翌日、彼を探しに森へ入った男は、そこで見てしまったのじゃ。漆黒の亡霊を」
漆黒の亡霊。
それがどんな魔物なのか想像はつかないが、名前からして恐ろしいことだけは伝わってくる。
そして、長老は最後にこんなことを付け足した。
「その魔物は丑三つ時になると明かりを探して彷徨い始める。絶対に松明など焚いてはならぬぞ」
「忠告ありがとう。気をつけるわ」
礼を言うと、長老はホッホッと笑った。
「ほれ、折角のご馳走がもったいない。これもお食べ」
サラダ的な料理が目の前に差し出される。
そろそろお腹いっぱいなのだけど……。
レナは断りきれずに、それを無理矢理口に放り込んだ。
宴は数時間にも及び、終わった頃にはすっかり夜になっていた。
今は一体何時なのだろう?
ふとスマホを取り出すと、ユウトからメッセージが届いていた。
【レナ、大丈夫か? もしメッセージを見たら返信してくれ。多分スムーズにやり取りするのは無理だと思うけど】
送信時刻は朝十時過ぎ。謎の現象が起きたのと同時刻だ。
「あれ? ここって圏外じゃないの?」
呟き、すぐに疑問が解ける。
あの鉄塔。あれは携帯の基地局だった。
ぱっと見ではどこのキャリアか分からなかったが、レナが使っている通信キャリアの基地局だったようだ。
とりあえず今はそんなことどうでもいい。まずは返信しなければ。
【連絡出来なくてごめん。気がついたら森の中で、電波が通じなかったの】
メッセージを投げると、すぐに既読がついた。
そしてユウトはこう問いかけてきた。
【レナ、今はどこにいるんだ? もう帰ってこられたのか?】
【いいえ、まだ東京には戻れてないわ】
送ってから、これでは余計心配させてしまうのではと思い慌てて付け加える。
【でも安心して。今はファルケム族の村にいるから安全よ】
勢いでファルケム族なんて絶対通じない固有名詞を使ってしまった。
しかし、ユウトは何となく察してくれたようだ。
【分かった。話はまた今度聞かせてくれ】
続けてメッセージが届く。
【俺は明日、ミサキとカナミと一緒に東京の外に出てみようと思ってる。レナは明日には戻ってこられそうか?】
家の外に目を遣ると、東京の街の明かりが遠くに煌めいていた。
紫色に輝く一際高い建物を見つけ、文章を打ち込む。
【遠くにスカイツリーとかは見えてるし、多分戻れると思うわ】
送信すると、すぐに返事が返ってくる。
【それじゃあ、気をつけて帰って来いよ。おやすみ】
全く。ミサキという彼女がいながら、罪な男ね。
心の中で呟き、レナはスマホを閉じた。
時刻は午後九時を回った。
テレビも無ければラジオも無い。スマホはあるが電池を節約しておきたい。
となると、特にやることが無い。
「魔物に襲われるのも怖いし、早めに寝ようかしら」
レナは松明を消し用意された布団に入ると、枕元にスマホとハンドガンを置いて眠りについた。
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