第20話 ファルケム族

 あれからどれほど歩いただろうか。

 今は森を抜け、何もない荒野をひたすら西へと進んでいる。

 景色に変化がなく、歩きながら眠ってしまいそうなほどの退屈を覚えるが、いつモンスターに襲われるとも限らない。警戒心を持たなければ。

 頬を叩き、気合いを入れ直す。しかし、身体は正直だった。

 ぐーっとお腹が鳴る。

 定例会が始まる前の朝七時五十分頃に菓子パンを食べて以降、レナは何も口にしていなかった。太陽の位置を見るに、すでに午後四時は回っているだろう。空腹になるのも当然だ。


「はぁ。さすがに川の水だけじゃ体が持たないわね……」


 途中何度か川の水を飲んで気を紛らわせようとしたが、ここまでの空腹には効果が無かった。

 どうにかして食料を探さなければ。

 でもここは何もない荒野だ。

 一体どこにそんなもの……。

 独り言を呟く気にもなれず心の中でぶつぶつ言っていると、遠くに何かが見えた。


「……鉄塔?」


 西日を反射する銀色の構造物は、明らかに自然のものではなかった。

 誰か人がいるかもしれない。

 淡い期待を胸に鉄塔に向かって駆け出した。




「思ったよりも距離があったわ……」


 レナは古びた鉄道車両に手をつき、息を整える。

 その鉄道車両は銀色の車体で、上部に青色、ドア横に黄緑色の塗装が施されている。そしてその下には錆びたレールが敷かれていて、荒野の地平線まで続いていた。


「人工物があるということは、人がいるってことよね?」


 希望的観測を抱きつつ、車両の陰からそっと鉄塔の方を覗き込む。

 するとその時、誰かと目が合った。

 やっと人を見つけた。嬉しさを感じると同時に、ふと嫌な想像が頭に浮かぶ。

 果たして、あの人は味方なのか?

 再び陰に隠れ、ホルスターからハンドガンを引き抜く。


「おい、そこにいるのは誰だ」


 男性の声が聞こえ、足音が近づいてくる。

 きっとさっき目が合った人だろう。一瞬しか見ていないので正確には分からないが、槍のような武器を手に持っていた気がする。

 ここでの判断を誤れば、確実に敵対してしまう。

 ハンドガンを戻し、大きく深呼吸をしてから前に出る。


「あの、こんにちは」


 まずは挨拶をして相手の出方を窺う。

 男性は草糸を編んで作った布を身に纏い、右手に槍を持っている。

 こちらを訝しんでいる様子ではあるが、初対面の相手に対する反応としては正しい。

 もう少し話しかけてみる。


「通りすがりの者なのですが、お腹が空いてしまいまして……。何か食べ物を恵んで頂けませんか?」


 男性はじっとこちらを見つめている。

 いきなり物乞いはまずかったか。

 そう思った次の瞬間、男性が口を開いた。


「付いてきなさい」

「…………?」


 どこに連れていかれるのだろうか?

 逆らうわけにもいかないので、言われるまま指示に従う。

 周りには土と葦で造られた家が十軒ほど建っていて、ちょっとした集落になっていた。

 その中心にある広い土地で男性が立ち止まる。


「これが何か知っているか?」


 男性が広い土地の真ん中を指差す。

 視線を向けると、鉄の骨組みが目に飛び込んできた。一瞬これは何ぞやと首を傾げたが、上を見上げてその正体に気が付いた。


「鉄塔……。というか、基地局?」

「知っているようだな。では、これはお前の物か?」


 問いかけに、レナはぶんぶんと首を振る。


「いいえ、違うわ」

「では、なぜこれを知っている?」


 なぜと言われても、どう説明すればいいのか分からない。


 通信会社の設置した物で重要な公共インフラよ。だから全員知っていて当然。


 こんな説明がこの男性に通じるとは思えない。でも、何か答えなければ。

 必死に言葉を探していると、家から一人のお爺さんが出てきた。長い髭を生やし両手で杖を突くその姿は、いかにも村の長老といった感じだ。


「おや、その若い娘は誰かね?」


 長老がホッホッと笑いながら男性に尋ねる。

 男性は右手の槍を真っ直ぐ地面に突き立て、左手を胸に当て答える。


「通りすがりの者だと自称していますが、これを村に捨てた犯人ではないかと」


 鉄塔を捨てた? 

 とんだ濡れ衣を着せられたものだ。


「いいえ、私は……」


 反論しようとすると、長老が笑顔で右手を前に出し、それを制止した。


「お主、名を何と申す?」

「わ、私の名前は、吉野レナ……」


 急に名前を聞かれ、ちょっと動揺してしまった。

 長老は優しい笑顔を浮かべながら、男性に告げる。


「ご馳走を用意しなさい。レナさんは村の賓客じゃ」

「賓客? この女はどこの誰かも分からない怪しい人間なのですよ?」


 男性は長老に対して主張を続ける。


「ワシに逆らうのか?」


 しかし、長老のその一言で男性が黙った。

 やはりこのお爺さんは村のトップなのだろう。


「……了解しました。すぐに歓迎の手配をします」


 男性が家に入っていくと、長老はレナに歩み寄り声を掛ける。


「レナさん、ノバムの数々の失礼を許してほしい」


 ノバム? あの男性のことだろうか。


「いえ、失礼だなんてそんな。急に押しかけてしまったのは私だもの」

「うむ、謙虚じゃな。ファルケム族はレナさんを歓迎する。宴までは時間があるから、好きに過ごすといい」


【クエスト《ファルケム族の救世主》が開始されました】


 長老は男性の入っていった家へと杖を突いて向かっていく。

 レナはその曲がった背中をじっと目で追いかけた。

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