第16話 約束
「お兄ちゃん、私死にたくないっ!」
パニック状態で泣き叫ぶカナミ。
背後に迫るそのモンスターの見た目は巨大なダンゴムシのようで、なかなかに気持ち悪い。
俺は腰にぶら下げた折りたたみ傘を手に取りつつ声を掛ける。
「カナミ、そいつに卵を投げて早く離れろ!」
それに対し、カナミは涙声で返す。
「今からストレージ開くんじゃ間に合わないよ!」
「ごめん、私がストレージに入れておいてって言ったから……」
申し訳なさそうに言うミサキ。
カナミのエッググレネードは俺の折りたたみ傘とは違い、ストレージに収納されていた。今からメニューウインドウを開き、ストレージ画面の中のエッググレネードを呼び出すなんて猶予は無い。
「ミサキ、謝るのは後だ。それより早くカナミを助けないと……」
折りたたみ傘を右手に持ち、柄を伸ばす。
その時、ダンゴムシモンスターが妹を捕食しようと口を近づけた。
「お兄ちゃんっ!」
必死に叫ぶ妹の目からは涙が溢れている。
俺はカナミを守ると言った。その約束を裏切るわけにはいかない。
思い切り地面を蹴り、モンスターに向かって駆け出す。傘を後ろに引き、それを横薙ぎに振るう。
ズサッ!
ダンゴムシの殻に亀裂が入り、動きが止まる。
その隙に、俺はカナミの手を引っ張り安全圏まで連れ出した。
「お兄ちゃん、めっちゃ怖かったんだけど……」
「怖い思いをさせて悪かった。もう大丈夫だからな」
ぽんぽんと妹の頭を撫で、再びダンゴムシモンスターを見据える。
ダンゴムシのHPゲージは一割ほどしか削れていない。きっと斬撃を叩き込んだ場所が殻だったためだろう。
「突き刺すべきは腹か……」
しかし、あの巨体をひっくり返すのは不可能に思える。となると、地面とのわずかな隙間に傘を差し込むしかない。
ダンゴムシがこちらに向かって動き出した。それと同時に、俺は右足を前に出し、体勢を低くして傘を構える。
「三、二、一……」
残り一メートルまで迫ってきたタイミングで、フェンシングの要領で傘を下から突き刺す。
その瞬間、傘がキーンと音を立て緑色に発光した。
グサッ!
ダンゴムシの腹部に深く刺さった感触が伝わってくる。
「いける……!」
そのまま押し込むと、HPがみるみると減っていき、あっという間にゼロになった。ダンゴムシモンスターはキラキラとした粒子となって弾け、跡形もなく消滅した。
【弘前ユウトのレベルが8に上昇しました】
【刺突剣技クイックスタッブを取得しました】
「やったね、ユウト君」
「ああ」
俺はミサキとハイタッチを交わす。
その時、隣で見ていたカナミが話しかけてきた。
「お兄ちゃん、さっきなんか変な技使わなかった?」
妹の体はまだ少し震えているが、変な技とか言ってディスる余裕があるなら心配はいらないだろう。
「俺も初めて発動したから分からないけど、クイックスタッブって名前の技みたいだな。刺突系のソードスキルらしい」
答えつつ、メニューウインドウから【スキル】を開く。
剣戟スキル、《刺突剣技クイックスタッブ》。刀剣による刺突攻撃の発動スピード及び威力が上昇する。
このスキルは連撃技では無いので使い所は限られるが、最後のとどめの一撃として十分に使えそうだ。
「へぇ、そういうのもあるんだ。ホントにゲームみたい……」
カナミが呟く。
すると、ミサキが顎に手を当て考え込む仕草を見せた。
「どうした、ミサキ?」
問いかけると、ミサキはじっと一点を見つめたまま口を開いた。
「……ずっと思ってはいたけど、このゲーム、いくらなんでも手が込みすぎてる。世界を書き換えるだけでここまでのシステムを追加出来るものなの?」
その顔つきは至って真剣で、彼女がクラスメイトの女子高生ではなく研究機構のエンジニアであることを改めて思い知らされる。
おそらく、スキルは剣戟以外にも相当数のものが存在するだろう。地形も大きく改変され、物理法則すらも書き換えられたこの状況。ハッキングされたとは言え、元の世界と変わりすぎている。
その時、ミサキがハッとした表情を浮かべた。
「もしかして、別の世界にデータが移された……?」
俺とカナミはお互いに顔を見合わせ、首を傾げる。
その後もしばらく思案していたミサキは、ふと顔を上げるとこちらに目を向けた。
「あれ? 私、変なスイッチ入っちゃってた? ごめん、とにかく歩かないとだよね。あはは……」
ミサキのその微笑みはどこか不自然に感じられる。
俺はミサキの肩に手を置き、優しく話しかけた。
「大丈夫だよ、ミサキ。この世界がどうなっていようとも、絶対にお前を現実世界に帰す。最初から言ってるだろ?」
「……そう、だね。そんなこと、ゲームをクリアしてログアウトすれば分かることだもんね。ユウト君、心配させてごめんね」
「いや、謝るのは俺の方だ。俺が余計な考察をしたのがいけなかった。ごめん、ミサキ」
微笑みかけると、ミサキの表情が明るくなった。
「じゃ、気を取り直して行きますか!」
妹の言葉に、俺とミサキは大きく頷く。
カナミもすっかりダンゴムシの恐怖を忘れている様子だ。
俺たちは東側に架かる橋を目指し、堀沿いを進んだ。
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