第15話 外の世界

 橋は石造りのアーチ橋で、高さは十メートル、幅は十五メートルほど。両側の柵には等間隔でランプが設置されている。

 これなら夜でも安全に渡れる上、遠くから位置を把握するのにも役立ちそうだ。


「この幅なら車も通れるかな?」


 ミサキが言う。

 葛西臨海公園の敷地内を車が通り抜けられるのか、橋がどれほどの重さに耐えられるのか。疑問点はあるが、大型車が余裕ですれ違えるだけの幅はある。


「それにしても、お台場とか羽田空港をこのアングルで見るのは変な感じがするな……」


 右側には手前から東京ゲートブリッジ、お台場、羽田空港が海越しに見える。

 新鮮な光景に目を奪われていると、ふと違和感を感じた。


「そうだ、富士山……」


 よく晴れた日は葛西からでも富士山がくっきりと見えるはずだ。それなのに、その山の姿はどこにも見当たらない。


「ってか、ディズニーランドとかランドマークとか何にもないじゃん」


 隣でカナミが呟く。

 これはやはり、東京以外は大きく地形が書き換えられてしまったということか。日本一の霊峰に、東京と並ぶ大都会である横浜。一体どこへ消えてしまったのだろう? そして、そこにいた人たちは無事なのだろうか?

 歩きながら、漠然とした不安が頭をぐるぐると回っていた。




 十五分ほど歩き、ようやく橋の終わりが見えてきた。


「カナミちゃん、ここからは何が起こるか分からないから気を付けてね」

「はい、ミサキさん」


 ミサキとカナミはまだ会って二日目なのに、随分と仲が良さそうだ。

 これが女子同士の友情というものか。


「せーの、上陸!」


 橋と陸の境目で、俺たちは同時にジャンプした。

 トンと着地し、俺とカナミ、ミサキは周囲を見回す。


「ここが外の世界か……」

「大丈夫? いきなりモンスターとか襲ってこないよね?」

「パッと見た感じ、荒野って感じかな?」


 東京の外の世界は、土の地面が延々と広がっていて、ところどころに雑草が生えている程度。東京湾の面影はどこにもない。

 今日の分の飲み水はストレージに入れてきたので問題ないが、遠くへ行くとするならそれなりのストックは必要だろう。


 そして、遠くには美しい青い山脈が見える。その光景はまるでスイスやヒマラヤのようで、とても葛西から徒歩十五分の場所とは思えない。

 その時、俺は重大な事実に気が付いてしまった。


「まさか、俺たちが行かなきゃいけないのってあの山の向こうなんじゃ……?」


 矢印が示すのは南東方向。その手前にワールドリゲインタワーらしき塔は見当たらないので、きっとそういうことなのだろう。


「まぁ、世界の果てだもんね。そんな簡単に行ける場所じゃないでしょ」


 妹は腰に手を当ててそんな言葉を口にする。

 するとミサキが、ある見解を述べた。


「もしかして、東京みたいに無事な都市が他にもあって、どこから出発しても距離は同じとか?」

「なるほど、その可能性はあるな……」


 昨日のニュースでは国連が会議を開いたと言っていた。となると、ニューヨークはおそらく無事なはずだ。

 ハッキングした人間の目的は分からないが、この謎のゲームをゲームとして成立させる気があるなら全てのプレイヤーに平等な条件が与えられているはずだ。それならば、世界の主要都市だけを残して同心円上に配置したと考えられなくもない。

 俺たちは堀に沿うように東へと進みつつ、考察を続ける。


「ミサキさんみたいにこの世界にログインしてる人って、他にもいるんですよね?」


 カナミの問いかけに、ミサキはこくりと頷く。


「うん、私が知ってる限りでは三人いるよ。もし別の班の人もログインしてたらもっといるかもだけど」

「じゃあその三人はどこにいるんですか?」

「えっと……。渋谷と品川と、赤羽?」


 全員東京ではないか。心の中でツッコミを入れる。

 その直後、妹も全力でツッコんだ。


「って、全員東京じゃないですか! ニューヨークとかロンドンとか、普通はばらけさせませんか?」


 全く同じことを考えるあたり、さすがは兄妹だなと思う。

 一方、カナミにツッコまれたミサキは頬をぽりぽりと掻きながら答える。


「いやぁ、私たちプログラム言語は得意だけど、英語は苦手だから……」


 そんな理由でエンジニアが東京に一極集中しているなんて。せめて大阪とか名古屋とかに分散させようとはならなかったのだろうか。

 いや待て。そんなことよりミサキは今、英語は苦手と言った? それはつまり、現実世界にも英語が存在するということか?


「なあミサキ? 東亜国の言語ってなんだ?」


 俺の唐突な質問に、ミサキは一瞬面喰らった様子を見せてから言う。


「東亜語、この世界の日本語だけど……」

「じゃあ英語も現実世界の言語なのか?」

「うん。ブリティアナ語っていう、ウエスター合衆国とかブリティアナ王国の公用語だよ」


 文明存続シミュレーションだけあって、この世界はあくまでも現実を模して作られた世界のようだ。

 となると、研究機構のエンジニアではない外部の人間であったとしても、語学が堪能であれば仮想世界の俺たちとコミュニケーションが取れるということになる。


「例えばの話だが、ハッキングの相手が海外の人間ってことはないか?」

「一応セキュリティは最高レベルだし可能性は低いけど、こうなった以上は否定出来ないかな」

「そうか……」


 現実世界がどんな世界かも知らないのだから、いくら考えたところでハッキングの相手が分かる訳がない。でも、俺は少しでもミサキの力になりたかった。そして、それが分かればこのゲームに隠された目的も分かるかもしれない。そんなことを思い、つい熱くなってしまった。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」


 カナミの叫び声が聞こえ、俺はハッとしてそちらに顔を向ける。


「どうした? カナ……」


 名前を呼ぼうとしたその時。目に飛び込んできたのは、今にもカナミを襲わんとする巨大なモンスターだった。

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