第8話 電力供給

「やっと見つけた……」

「おにぎりも飲み物も、両方売ってて良かったね」


 六軒目のコンビニで、ようやくおにぎりと飲み物を手に入れることが出来た。

 ささっとレジを済ませ、外に出る。


「どっか座れるところを探そう」

「モンスターに襲われるのも怖いし、地下鉄の階段降りたところでもいいんじゃない?」


 ミサキの言葉に「それもそうだな」と首肯し、神保町駅の入り口を降りる。

 地下に降りると、改札前に人だかりが出来ていた。どうやら電車が動くのを待っているらしい。


「あんなに待ってる人いるけど、今日中に運転再開するのか……?」

「電気は通じてるし、可能性はあるかもしれないけど……。鉄道会社側がモンスターの出現をどう捉えるかってところね」


 俺とミサキは邪魔にならないように階段の壁際に腰掛け、膝の上におにぎりと飲み物を置く。

 そこで一つ、ある疑問が浮かんだ。


「あれ? よくよく考えてみたらさ、あの地震の後で普通に電気が通ってるのっておかしくないか?」

「言われてみれば……。コンビニとかもそうだけど、見る限り停電してる感じはしないよね?」


 ミサキは同意しつつ、おにぎりを頬張る。

 大きな地震の後は、電柱が倒壊したり電線が断線したりで、しばしば大規模な停電が起こるものだ。しかし、今のところそんな気配は全く無い。

 もしかして、これもハッキングと関係してるのか……? 難しい顔を浮かべながらおにぎりを口に運んでいると、ミサキが思い出したように声をあげた。


「そうだ、最初に桜守さんが言ってたの。世界や物理法則が書き換えられたって。だとしたら、電線が繋がってなくても電気が使えるなんてこともあるかも」

「なるほど……」


 ある有名な都市開発シミュレーションゲームでは、住宅地区や商業地区といったエリアの中央まで電線を敷設すればそのエリア全域に電力が供給される。もっと言えば、もはや電線を敷設する必要もない都市開発ゲームだって存在する。

 それに、この世界はVRMMOゲームの規格で作られているらしい。であるならば、マップ上にいちいち電線を通すというのも、開発者側からすればなかなかに面倒臭い作業なのではないか。


「何はともあれ、二十三区内だったら電気は普通に使えるし、携帯の電波だって届くんだ。今は一旦忘れよう」


 俺から言っておいて忘れようって……。俺は自分に呆れそうになったが、ミサキはもくもくとおにぎりを食べていて、特に気にしている様子はない。きっとミサキもこの世界がどうなってしまったのか考えを巡らせているのだろう。

 物理法則はまだしも、世界が書き換えられたということは、地球や日本はおろか、二十三区の外すらもどうなっているのか分からないということだ。

 千葉に行っているはずのレナは、今頃どうしているだろうか。俺はおにぎりの最後の一口を口に放り入れ、ペットボトルのスポーツドリンクで流し込むと、ポケットからスマホを取り出した。


【新着のメッセージ:0件】


「既読も無しか……」


 呟いて肩を落とす俺に、ミサキは水筒に手を伸ばしながら話しかける。


「もしかして、まだレナりんと連絡つかないの?」

「ああ。地震の後にメッセージは送ったけど、既読が付いてない。レナ、無事だよな……?」


 二十三区内は建物にも地形にも、電気にも通信状況にも異変は見られない。だが、千葉はどうだ。あの地震が地殻変動による揺れだとしたら、突然広大な荒野なりジャングルなりに放り出されている可能性も否定できない。それに、もし立っている場所が地割れしたら、目の前にモンスターがポップしたら、事態を把握出来ないままHPが0になんてことも考えられる。最悪のケースを想像し、急に不安に襲われる。

 するとミサキは水筒に残ったわずかな麦茶を一気に飲み干し、優しく微笑んだ。


「大丈夫だよ、レナりんなら。どんな強いモンスターだって、自慢の銃で一発だよ」

「そ、それもそうだな……」


 ミサキの笑顔に、不安な心が少し落ち着く。

 レナはサバイバルゲームに行っているので、エアガンを携帯しているはずだ。かなりやり込んでいるみたいだし、そんな簡単にやられることはないだろう。とにかく今はそう願うしかない。


「それよりユウト君? 麦茶、一口残しておいてねって言ったよね?」


 突如、ミサキが空の水筒の中を見せつつ問い詰めてきた。


「いや、俺はちゃんと残したはずだぞ……?」


 俺は両手を水平に動かし、慌てて否定する。

 しかしミサキは怒った表情を崩さない。


「一口って言っても、こんなちょびっと残されたところで飲んだ気しないでしょ? これがこの世界の常識なの?」

「いや、違います……」


 たじたじになる俺に、ミサキはため息をついて言う。


「まあ、さっき緑茶買えたからいいけど。今度やったら許さないんだからね?」

「はい……」


 俺はゆっくりと首を縦に振る。

 次からはどんなに喉が渇いていても少ししか飲むまい。そう心に誓ったところで、ミサキの理不尽な発言の裏に隠れた狙いに気付く。

 今度やったらって、確実にもう一度間接キスをしたいだけじゃないか。


「だから、何でお前はそんなに間接キスをしたがるんだよ?」

「もう、せっかく次の約束取り付けられたと思ったのに〜」


 悔しがるミサキ。

 あなたは一体どんな恋愛をお望みなのですか? 俺は心の中で問いかけつつ、ゴミの入ったレジ袋とペットボトルをリュックに入れる。よっこらせと立ち上がりリュックを背負うと、ミサキも続けて立ち上がった。


「よし、じゃあ行くか」

「まだ三分の一くらいしか進んでないし、頑張らないとね」


 気を引き締め直し、俺とミサキは階段を上った。

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