第7話 品不足
俺とミサキは市谷見附の信号を右に曲がり、JR中央線の線路を越える。
「このまま新宿線沿いに歩いていけば、夕方には家に着くだろう。しかし、ちょっと腹が減ったな……」
時刻は正午過ぎ。ミサキとのデートに備えて朝食はしっかりと食べてきたが、戦ったり歩いたりで思った以上に力を消耗していたようだ。
「私も水筒しか持ってないし、お昼ご飯はどこかで買わなきゃね」
市ヶ谷駅交差点のカーブを左に曲がる。ミサキはキョロキョロと周りを見回し、「あっ」と声をあげる。
「そこにコンビニがあるよ。ユウト君、一旦寄る?」
「ああ、そうだな。おにぎりとかサンドイッチとか、何かしら手に入れよう」
ミサキの問いかけに、俺はこくりと頷いた。
扉を開けてコンビニに入ると、心地よい冷房の風が体を包み込んだ。
「あ〜、涼しい」
「暑い中ずっと歩いてたから、汗が止まらないよ〜」
俺は袖口で、ミサキはハンカチで顔の汗を拭う。
すると、店員のおじさんが話しかけてきた。
「お客様、大変申し訳ございません。ただいま配送が滞っておりまして、軽食類や飲み物類は全て品切れとなっております」
「全てって、本当に何も無いのか?」
驚いて首を傾げる俺に、店員は商品棚を見遣って答える。
「ご覧の通り、すっからかんでして……」
商品棚を見ると、確かに何一つとして商品が並んでいなかった。にしても、すっからかんって言葉、随分と久々に聞いた気がする。
「どうしよっか、ユウト君?」
困っている様子のミサキに、俺は少考してから口を開く。
「とりあえず歩きながら、道中のコンビニに手当たり次第入るしかないんじゃないか?」
「まあ、それくらいしか出来ないよね……。私はまだ耐えられるけど、ユウト君は大丈夫?」
心配そうな表情を浮かべるミサキに、俺はお腹を押さえつつ言う。
「昼飯抜きはきついかもしれないが、どっかでおにぎりの一つくらい手に入るだろう」
俺とミサキはコンビニを出て、蒸し暑い道路をひたすら歩く。
新宿を出てすぐの頃は、歩道が帰宅困難者で溢れかえるんじゃないかと少し不安に思っていたが、今のところそこまで人通りは多くない。これもSNSの力か。
二十三区内のモンスター出現情報はツイッターやインスタグラムで拡散されていて、ネットニュースやテレビでも徐々に取り上げられ始めていた。その為、モンスターの存在はほとんどの人に知れ渡っているはずだ。しかし、ここまでの買い占めが起こるのは想定外だった。先に食糧を確保しておかなかったことを今更ながら後悔する。
さすが都心といったところか、少し歩くだけでもコンビニ自体はすぐに見つかる。だが、いざ店内に入ってみると、商品棚には何も無かった。
そんなことを五度ほど繰り返している間に、二駅先の神保町まで来てしまった。
「参ったなぁ。せめて飲み物だけでも手に入れたい……」
暑い中歩き続けたせいで、空腹に加えて喉も乾いてきた。力なく項垂れる俺に、ミサキは鞄からピンク色の水筒を取り出してそれを差し出した。
「ユウト君、良かったらこれ飲む? 飲みかけの麦茶だけど」
「あっ。え? いいのか?」
受け取りかけて、ふと手を止める俺に、ミサキは笑顔で頷く。
「うん。でも、私の分は残しておいてね」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺は水筒に口をつけ、ごくごくと麦茶を飲む。キンキンに冷えた麦茶が、乾ききった喉を潤していく。
「ぷはぁっ。生き返った〜」
「どう? これでもうちょっと頑張れそう?」
問いかけるミサキに、俺は水筒を返しながら答える。
「ああ。ミサキが水筒を持っててくれて助かった」
「どういたしまして」
ミサキは鞄に水筒をしまうと、悪戯な笑みを浮かべて俺の目を見つめた。
「ふふ〜ん」
「ん? 俺の顔に何か付いてるか?」
右手で顔を触ってみるが、特に何も付いていない。首を傾げていると、ミサキは顔を近づけてこそっと囁いた。
「ユウト君、初めての間接キスだね」
「え? あっ、あぁっ!」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえる。
そういえばミサキは、水筒を渡す時に飲みかけだと言っていた。あまりの空腹感と喉の渇きに耐えられず、何も考えることなく口をつけてしまったが、今思えばかなり大胆な行動を取っていたと気付く。
唇に触れると、ミサキの間接キスという言葉が脳に響いてくる。
「俺が、ミサキと……」
急に恥ずかしさが込み上げてきて顔を真っ赤にする俺に、ミサキはけらけらと笑う。
「もう、ユウト君ったら意識し過ぎなんだってば。私たち付き合ってるんだよ? 何なら本当にキスしてみる?」
「ちょっ、ミサキ、からかうのはやめてくれよ……」
「からかってないよ。本気だよ?」
楽しそうにニコニコしているミサキ。俺は今までに感じたことのない恥ずかしさを覚え、耳や首までもを真っ赤にした。
「ほら、次のコンビニ行くよ!」
ミサキが遠くに見えるコンビニの看板を指差して駆け出す。俺は両手をパタパタと動かして熱くなった顔を冷まし、置いて行かれまいと後を追った。
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