第9話 荒川の門番
俺とミサキは都営新宿線に沿うように西へと歩き続けた。
その道中でカラスモンスターと二度、ドラゴンと一度遭遇したが、俺の折りたたみ傘とミサキの火炎魔法でそれらは難なくと退けた。
まもなく午後三時になろうかと言うところで、ようやく江戸川区との区境である荒川までたどり着いた。
「やっとここまで来られたな……」
「お家まであとひと踏ん張りだね」
あとは新大橋通りに出て川を越えるだけ。
のはずだったのだが、そんな簡単に帰らせてもらえるほどこのゲームは甘くないようだ。
「ん? 何だ、あれ?」
「人、じゃないよね……?」
橋の真ん中に何かが立っている。
体勢を低くしてゆっくりと近づくと、その正体が分かった。
「案山子?」
藁で出来た顔と体に、ボロボロの帽子と作業着を身につけた人形、これは紛うことなく案山子だ。しかし、なぜ案山子がこんなところに?
するとその時、後ろから女性らしき叫び声が聞こえた。
「早くソイツから離れろ!」
声の主がどこの誰なのか知らないが、俺とミサキは慌てて地面を蹴る。
直後、案山子の目がキラリと光り、ビームが放たれた。
「あれ、モンスターだったのね……」
相当驚いた様子で胸を押さえているミサキ。
俺は後ろを振り返り、命の恩人に話しかける。
「ありがとな。お前が叫んでくれなきゃ危うく死ぬところだった」
「いいってことよ。目の前で人が死ぬのなんて見たくないからさ」
ポケットに手を突っ込み、へへっと笑いながら歩いてくるその人は、身長百五十センチほどの小柄な女子高生だった。半袖の制服の上に深緑色のパーカーを羽織り、袖は肘のあたりまで捲られている。髪は銀色のショートヘアで、毛先がツンツンとはねている。
ボーイッシュな見た目の彼女に、まずは自己紹介をする。
「俺は弘前ユウト。で、こっちが」
「広尾ミサキです。あなたは?」
俺とミサキが微笑みかけると、彼女はポケットから右手を出して答える。
「アタシのことは、とりあえずルイルイって呼んでくれ。よろしく」
「ああ、よろしくな」
「よろしくね、ルイルイちゃん」
俺とミサキはルイルイと握手を交わす。
「それにしても、よくあれがモンスターだって分かったな?」
問いかけると、ルイルイは案山子を睨んで言う。
「アイツ、荒川に架かる全部の橋にいるんだ。北千住から自転車で南下しつつ順に倒してるんだが、さすがに一人じゃ無理がある。今もどこかで誰かがあのビームを食らってるんじゃないかと思うと、やるせないよなぁ……」
ミサキは案山子の顔を見つめながら口を開く。
「でも、あの案山子さん、全然襲って来ないよ? こんなに長々と会話してるのに」
言われてみれば、俺たちは案山子に背中を向けて絶賛放置プレイ中だ。だが、案山子はこの絶好のチャンスに一切攻撃を仕掛ける気配がない。
「それなら平気さ。アイツがビームを出すのは横をすり抜けようとした時だけ。いわゆる門番みたいなものなんだろう」
「荒川の門番……」
道路のど真ん中にぽつんと立つ案山子はなかなかにシュールな光景だが、それゆえに油断する者も多いのだろう。先ほどの俺らのように。
「それで、ルイルイはどうやってあの案山子を倒してるんだ?」
ミサキのような現実から来たエンジニアの仲間がいるわけでも無さそうだし、家にある物を使っているのだとは思うが。
首を傾げる俺に、ルイルイは腰から何かを引き抜く。それを器用に操り、素早く左手に構えた。
「このバタフライナイフさ。前に近づくだけならアイツは何もしない。その行動原理を利用して倒す。ただぶっ刺すだけだから、アタシでも簡単に倒せるぞ」
「そ、そうか……」
随分と物騒なものをお持ちで。
俺とミサキは顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
「んじゃ、とりあえずアタシがアイツを倒すから、ここで待っててくれ」
ルイルイはすたすたと歩き、案山子の目の前で立ち止まる。彼女の言う通り、案山子は微動だにしない。ルイルイは左手のバタフライナイフを強く握りしめ、勢いよく案山子の胴体に突き刺した。
すると、案山子の頭上にHPバーが表示された。じわじわとHP残量が減り、オレンジ、そして赤へと色が変わっていく。
HPが0になったと同時に、案山子はキラキラとした粒子になって消滅した。
「なっ、簡単だろ?」
ルイルイはバタフライナイフを腰に戻すと、こちらを振り返ってへへっと笑う。
もしかして彼女はやんちゃなタイプの人間なのでは? と思ったが、案山子を倒して回るあたり、悪い人では無さそうだ。
そう信じ、俺はルイルイにある提案を持ちかけた。
「なあルイルイ、お互いの知り得る限りの情報を交換しないか?」
「あん? 何でアタシと情報交換したいのさ?」
不思議そうな目で見つめている彼女に、説明を続ける。
「俺とミサキは新宿から歩いて来たんだけど、モンスターといいHPといい、このゲームにはあまりにも謎が多すぎる。北千住から自転車で移動してきたルイルイもそう思うだろ?」
「まあ、それは同感だが」
「だから、少しでも情報が欲しい。俺らからも分かる範囲の情報は提供する。ルイルイにとっても悪い話じゃないはずだ」
彼女は髪をいじりながら少考し、こくりと頷いた。
「確かに、情報が欲しいのはアタシも一緒さ。いいよその話、乗ってやるよ」
「そうか、助かる。とりあえず俺とミサキが知ってるのは……」
俺はなるべく時間を取らせまいとこの場で話し始めようとしたが、ルイルイは左手を突き出し、首を横に振った。
「待て。アンタらは立ち話でいいかもしれんが、アタシの話は長くなる。どっか安全な場所でゆっくり話さないか?」
安全な場所……。そう言われて思い浮かぶのは、一箇所だけだった。
「俺の家なら、すぐそこなんだけど……。それでもいいか?」
「別にお前さんがいいなら構わないぞ」
ルイルイもそう言っているので、俺とミサキは彼女を家まで連れていくことにした。
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