第4話 トラストポイント
獲物を物色しているドラゴンがスーツ姿の男性を見て動きを止める。どうやら標的にされたらしい。
「お客様、安全なところに」
駅員が誘導しようとするが、男性はドラゴンの方を向いてそれを睨みつけた。
「こんな子供騙し、誰が驚くかよ」
男性は拳を握りしめて、ドラゴンに殴りかかる。普通のゲームシステムなら自分がダメージを受けてしまうはずだ。俺は止めようかと思ったが、駅員にあたるほど苛立っている人に対して声をかける勇気は無かった。それに、HPが5000あれば死んでしまうことはないだろう。
「ほらよ! って、何だこりゃ。うわぁ〜っ!」
男性の拳がドラゴンの右頬に直撃する。その瞬間、男性の体がキラキラとしたエフェクトと共に消滅した。
「お、お客様が……!」
駅員はあまりの衝撃的な光景に膝から崩れ落ちる。まずい。このままでは駅員までドラゴンに襲われてしまう。俺は折りたたみ傘の柄を伸ばして剣のように構えた。
「おい、お前の敵はこっちだ!」
俺の声に、ドラゴンが振り向く。低く唸りながらこちらに近づいてくるドラゴン。俺は恐怖から心拍数が上がり心臓が破裂しそうだった。だが、ここで逃げたらミサキにも危険が及んでしまう。それだけは絶対に避けなければ。
「さあ来い」
折りたたみ傘を振り上げたのと同時に、ドラゴンが大口を開けて襲いかかってくる。俺はドラゴンに噛まれないよう上手く体を捻らせて、その勢いで折りたたみ傘をドラゴンの脳天に叩き込んだ。すると、ドラゴンは「グギャァ……!」と苦しそうな声を上げてホームに倒れこみ、先ほどの男性のように消滅した。
【弘前ユウトのレベルが2に上昇しました】
目の前にまた文字が表示される。それと同時に、右上のHPバーのカウントが5500になった。俺が右上から視線を戻そうとした時、その数字の横に【TP】と書かれているのに気が付いた。しかし、TPという用語はどんなゲームでも聞いたことがない。一体何の略なのだろうか? そんなことを考えていると、後ろにいたミサキがバックハグしてきた。
「えっ、ちょっと、ミサキ……?」
「間に合った……。ユウトくんが無事で、私本当に嬉しいよ……」
「どうしたんだよミサキ? 恥ずかしいだろ」
ミサキの温もりを背中から感じる。俺は異性にここまで密着された経験がないので、どうしていいのか分からず顔を真っ赤にして俯いていた。ミサキの体は仮想のものとは思えないほど柔らかく、ずっとこのままでいたいとさえ思った。
その時、そんな感情を遮るように頭の中に一つの疑問が浮かんだ。間に合った、ミサキは確かにそう言った。その言葉の真意が気になり、俺はミサキの方を振り向いて問いかける。
「なあミサキ? 間に合ったって、どういう意味だ?」
するとミサキは、空中に浮かんだ半透明の画面を俺に見せつつ微笑んだ。
「折りたたみ傘のステータスだよ、見てごらん」
そのステータスとやらを覗き込むと、そこにはオブジェクト名とレベル、ステータスが表記されていた。
【Object name:Folding umbrella】
【Level:37】
【Status:HP 793/814 ATK 178 DEF 72 SPD 103】
「これがどうかしたのか?」
首を傾げる俺に、ミサキはふふっと笑ってからこう答えた。
「ユウトくんがドラゴンの前に出た時にね、折りたたみ傘のステータスをいじって剣みたいなパラメータにしたの。間に合ったっていうのは、そのプログラムを入力するのが間に合ったって意味だよ」
「そうだったのか。もしミサキの援護が無かったら、俺はドラゴンにやられてたかもな。ありがとう、ミサキ」
「うん」
ミサキはこくりと頷くと、ドラゴンが消滅した場所を見て呟く。
「ハッキングされてゲームの世界になっちゃったのはしょうがないとして、このゲームの仕組みってどういうものなのかな……?」
俺はレベルが上がった時に気付いた、数字の横の文字について聞いてみた。
「それなんだけどさ、HPバーの数字の横のTPって何の略だか分かるか?」
「えっと、ちょっと待ってね」
ミサキは半透明の画面を浮かび上がらせると、指を動かしてそれっぽい情報を探す。しばらくして、ミサキが「あっ!」と声を上げる。
「TPっていうのは、トラストポイントの略みたい」
「トラストポイント? 信用スコアみたいなものか?」
問いかける俺に、ミサキは画面を見つめたまま返す。
「トラストポイントは最低が1、最高が10で、プレイヤーの信用度によって増減する。また、HPの値はトラストポイントによって変動し、トラストポイント1ポイント減毎にHPが一割減少する、だって」
「ってことは、あのスーツの人はHPが俺らより少なかった……?」
その説明からすると、レベル1プレイヤーの基本HPが5000だったとして、もしその人のトラストポイントが1ポイントだった場合、HPは500ということになる。スーツの人は駅員に罵声を浴びせたり勝手に改札へ向かおうとしたりしていたので、トラストポイントが低かったのかもしれない。それならドラゴンに一撃かましただけでHPがゼロになってしまったのも頷ける。
「このゲームでは、多くの人の信用を得ることが重要みたいだな」
「そうね。私たちも周りから反感を買わないように、慎重に行動しないと」
ミサキの言葉に首肯し、俺は右手に持った折りたたみ傘を強く握りしめた。
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