第5話 新宿南口
俺とミサキは、駅員の指示に従って改札まで辿り着くことができた。ドラゴンが出現するというトンデモ事件のせいで、案内されるまでに三十分ほどかかったが、それを嘆いても仕方ない。とにかく今は地上の様子を確認しなくては。
「一番近い階段を上るとどこに出るの?」
ミサキの問いかけに、俺は少考してから答える。
「えっと確か、ここは新線の新宿駅だから……。甲州街道側かな」
「それってつまり、JRで言う南口ってこと?」
首を傾げるミサキに、こくこくと頷く。
ミサキは高校が始まってすぐの頃、この春に上京したから東京の地理には詳しくないと言っていた。当時はまだミサキと付き合ってはいなかったので、あまり干渉しすぎるのも良くないと思い地元を聞くことはなかった。しかし、今思えば聞かなくて正解だった。もしそんなことを聞いていれば、ミサキにとっては何よりも答えづらい質問になっていただろう。
「そっか、ミサキが地理とか有名人に詳しくないのはこの世界の人間じゃないからだったんだな……」
俺が呟くと、ミサキは顔を覗き込んで言う。
「でも、私も結構勉強したんだよ? 新幹線は全路線言えるし、嵐のメンバーも五人全員覚えたんだよ」
「なんか覚えるものおかしくないか……?」
得意げにドヤ顔を見せるミサキに、俺は苦笑いを浮かべる。新幹線なんてたかが九路線だし、五人の顔と名前くらいすぐに覚えられるはずだ。この世界を監視するエンジニアだと言うならもう少し何かあっただろうとは思うが、それは言わないでおく。
「人が動き出したな。俺らも地上に上がろう」
「ええ。まずは外の状況を把握しないとね」
俺とミサキは人の流れに乗って、地上へと繋がる階段を上った。
地上に出ると、眩しいほどの日差しと真っ青な空が迎えてくれた。
「うわ、暑っ……」
俺は右の袖口で顔に流れる汗を拭う。今朝の天気予報では、今日は快晴だと言っていた。しかし、ここまで気温も湿度も高いとなると、もはや良い天気では無いような気がする。
ミサキは左手で日差しを遮りつつ、周囲を見回す。
「街の雰囲気は変わってないみたいだね。まあ、ちょっと混乱してるみたいだけど」
新宿駅の商業施設や高層ビルの姿形はそのままで、ハッキング前と特に変化は見られない。地下にいる間は、廃墟になっているんじゃないかとか、全く別のファンタジー世界になってしまってるんじゃないかとか、色々と想像していたが、どれも杞憂だった。
しかし、甲州街道には車が滞留していて、クラクションの音が鳴り止まない。バスターミナルへ入るための右折レーンには高速バスが列を成している。地震に続けての謎のゲーム開始宣言。混乱が起こるのは無理もないだろう。
「で、この後どうする?」
俺がミサキに問いかけると、彼女は微笑んで答える。
「ユウト君がしたいようにしていいよ。私はあなたに従う」
「え、本当にそれでいいのか? 現実世界に帰る方法とか、探したくないの?」
少し驚いて聞き返すと、ミサキは笑顔でこくりと頷いた。
「だってユウト君は、私を守ってくれるんでしょ? だったら、ログアウト出来る日が来るまで、ずっと一緒にいるよ」
ずっと一緒にって……。プロポーズと取れなくもない言葉に、俺はこそばゆくなって視線を逸らした。
その時、新宿御苑の方向から大勢の人が逃げるように走ってきた。その人たちの顔は少し黒く汚れている。
「何だ……?」
俺とミサキは慌ててそちらに視線を向ける。するとそこには、嘴から炎を噴き出す巨大な鳥のようなモンスターがいた。色は黒く、ふてぶてしいその目つきはどこかカラスに似ている。
再び鳥モンスターが炎を噴射する。渋滞の車列が真っ赤な炎に包まれ、黒煙がもうもうと上がる。
「ユウト君、私たちも逃げよう?」
不安そうな表情を浮かべているミサキに、俺は折りたたみ傘を構えながら返す。
「俺も、本当は逃げたい。でも、俺にはこの傘がある。守る力があるのに、こんなにたくさんの人を見捨てて逃げるなんて、そんなことはしたくない」
「ユウト君……」
ミサキは俺の目をしばらく見つめ、気合いの入った顔を見せた。
「そしたら私も援護するよ。エンジニアとして、システム的なサポートは任せて!」
「ありがとう。頼んだぞ」
俺は鳥モンスターに向かって、大声で叫ぶ。
「そこの火の鳥! 俺が相手になってやる!」
鳥モンスターはこちらをじろりと睨み、翼をはためかせた。俺は傘を肩に構え、右足を後ろに引いた。
「カー!」
威嚇する鳴き声に、本当にカラスだったのかと笑いそうになるが、ここはひとまず堪える。
鳥モンスター、もといカラスモンスターが、俺に向けて嘴をかぱっと開く。
「ユウト君、攻撃が来るよ!」
「分かってる」
カラスモンスターの嘴に炎が出現する。
「カーッ!」
鳴き声と同時に、ゴアッという音を立て炎が放たれる。
俺は右足を前に踏み出し、傘を振るおうとした。その時、傘が青色に発光し、自然と体が動いた。原理は分からないが、全身に力がみなぎるのを感じる。
「おりゃぁぁっ!」
目の前に迫る炎を薙ぎ払い、左足を一歩前に出す。そして、そのままの勢いで傘を下から振り上げる。
「カァァーッ……!」
斬撃は見事にカラスモンスターの胸部に決まり、キラキラとした粒子をばら撒いて消滅した。
【弘前ユウトのレベルが3に上昇しました】
【最大HPが6000に上昇しました】
またしても視界に文字が表示される。最初は恐怖すら感じていたこの現象も、何だか慣れてきてしまった。ここはゲームの世界ではなく、俺にとっては現実世界のはずなのに。
そんなことを考えていると、気になる文字が出てきた。
【二連撃剣技ダブルアタックを取得しました】
【オオグロヒガラスが火炎魔法術式をドロップしました】
「ダブルアタック。もしかしてさっきのあれか……?」
呟く俺に、ミサキが話しかける。
「うん、そうみたいだよ。レベルが上がったり、剣で戦っていたりすると取得出来るんだって。と言っても、ダブルアタックは一番弱いソードスキルみたいだけどね」
「へぇ。でも、無いよりは随分とマシだな」
俺は折りたたみ傘を眺めながら言う。
するとミサキが、地面に落ちている何かを拾い上げた。それは茶色い紙片で、不思議な文字が書かれている。
「それ、何だ?」
首を傾げる俺に、ミサキは紙片をじっと見つめてから答える。
「ねえユウト君。他に何か文字とか出なかった?」
「え? ああ、そういえば。《火炎魔法術式》がドロップしたとか出てたような……」
二連撃剣技に気を取られてちゃんと読んではいなかったが、確かそんな文字が出てたような気がする。
「火炎魔法術式ねぇ……」
ミサキはスマホを取り出し、何か操作を行う。その直後、紙片に書かれた文字が浮かび上がり、スマホに吸い込まれた。
俺が目をパチクリさせていると、ミサキはこちらを見てふふっと笑った。
「術式を取得するには《魔導書》が必要みたいなんだけど、きっとすぐには手に入らないでしょう? だから、私のスマホを魔導書のパラメータに書き換えたの」
「そ、そうか……」
折りたたみ傘を剣にしたり、スマホを魔導書にしたり。チートとも呼べる反則を何度も繰り返していたら、ハッキングの仕掛け人に目を付けられるんじゃないかとヒヤヒヤするが、そこはミサキの腕を信じよう。
「ひとまずモンスターも倒せたし、家の方向に進みながらゲームシステムを把握していこう」
「そうだね。それが一番良いかもしれないね」
俺とミサキは、妹のカナミが待つ江戸川区の自宅へ向けて歩き出した。
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