第39話 名前


 始業式の翌日、校内で相変わらず好奇の視線に晒され、神経をゴリゴリと擦り減らされ続けている中、更に追い打ちを掛けるように今最も会いたくない人物と遭遇してしまった。

 少しでも新鮮な空気に当たろうとして出た中庭にいたのは、G部マネージャーの甲斐だった。

 はっきり言ってアタシはこの女が大の苦手だったりする。一応、向こうは三年生で先輩なんだけどさ、挨拶するのもヤなんだよね。だって常に、氷みたいに冷え切ったオーラがまとわりついてるもの。側に立ってるだけでヒヤッとする圧をビンビン感じてしまうから、なるべく近寄りたくない。

 てなわけで、卽Uターンして逃げようとしたんだけど、思いきり見つかってしまった。


「ちょっと貴女、人の顔見た途端、挨拶も無しに逃げ出すなんて失礼じゃない?」

 そう言いながら、氷の女がツカツカと早足でやって来たんでアタシは観念する。


「あっ、コンチハ……えーっと……では、ごきげんようw」

 取り敢えず引きつった愛想笑いで挨拶して、そのまま逃げようとしたら肩をガッシリ掴まれた。


「待ちなさい。貴女は私を嫌いなんでしょうけど、私だって貴女の事は嫌いなの。好き好んで話なんてしたくはないわ。けど、少しだけ確認したい事があるの」

「はぁ」

 いや、嫌いって言うより、怖いんですけどね。

 甲斐はジロリとアタシをひと睨みしながら、タブレットを取り出した。


「今朝、貴女のチームからやっと試合のメンバーリストが届いたのよ?」

 遅いんだよ! というお怒りな感情がひしひしと伝わってくるんだけど。それは今頃送った直虎に言って欲しいなあ。


「はぁ、すいません」

「何で謝るのよ? 別に責めてないわ。今頃? とは思ったけど」

 ほら、顔と口調で責めてるじゃん。眉間にシワ寄ってるし。


「確認したいのは貴女たちの使用ギアの事なんだけど」

「あの、アタシだとメカの事はわかんないんですけど。できたら直虎か巧に聞いてもらった方が……」

「その沖田くんに連絡つかないから貴女に聞いてるの。須藤って一年もどうせ学校に来てないんでしょ?」

「あ〜、たぶん来てないかも……」

 うわぁ、明らかに軽蔑の眼差しで見てくるんだけど。

「全く、いい気なものね? せっかく名門校に通わせて貰ってるのにサボリ三昧とか。どれだけ甘ったれてるのかしら。親御さんに同情するわ」

「……💢」

 ヤバい。今、本気で手が出そうになった。

 親はいないんだよっ。巧はずっと一人で自分の力で生きて来たんだよっ。

 甘ったれ? ふさけんなっ、誰よりも苦労と努力を重ねてるんだ。

 ……でもそれはアタシが言うべき事じゃない、たぶん。余計な事を言って巧の立場が悪くなるのはまずい。

 今アタシができるのは拳を握りしめ、目の前のこの女に殺意を込めた視線で睨みつける事だけだった。

 そんなアタシのガン飛ばしが気に入らなかったのか、氷の女は眉間のシワを更に深くしながら話しを続けた。


「……簡単な確認だけだから貴女でいいわ」

 取り敢えずはアタシとここで喧嘩するつもりはないようだ。それならアタシも感情を抑えよう。


「まず、メンバーは3年沖田直虎、2年朝倉遥、1年須藤巧、で間違いない?」

「はい、間違いないです」

「あと、使用マシンは改造デルタ2台とプライベートマシンが1台と。あくまで自己申告だけどレギュレーションは問題無し。まあこの辺は公式戦ではないからいいとして、このプライベートマシンにローラーダッシュが付いてるのはどういう訳?」

「はぁ? 確かローラーダッシュも使えるんですよね?」

 最初にそう巧が言ってたし。

「使えるのは使えるわよ。ただ、誰もそんなモノ使わないってだけ。呆れた。そんな事も知らないの?」

「いえ、知ってますけど?」

 いちいち馬鹿にしたような言い方しないと気が済まないのか? この女。


「じゃあ何で使おうと思ったの? 実際のフィールド知ってる? 広さはそれなりにあるけど障害物だらけなのよ? すぐぶつかって走るどころではないわ。そんなの自滅するだけよ。どうせ、正攻法では勝負にならないから、奇抜な手段を取るしかなくて選択したんでしょうね。まあ、こちらとしては別に構わないけど」

 だったらわざわざ聞くなよ。

 それにアタシはいつも、もっと狭いフィールドで練習してるんだよ。って、わざわざそれを教えてやる必要はないな。

「正攻法だと勝負にならないから、ってのは半分当たってますけど。でも、やけくそでもウケ狙いでもなくて、ちゃんとした作戦なんで。心配してもらわなくて結構です」

「フン、ならいいわ」

「確認、それだけならもう行きますね。じゃ」

 と、早々に退散しようとしたら、またもや肩を掴まれた。


「御待ちなさい。まだ話しは終わってないわ。何、急いで帰ろうとしてるのよ?」

「チッ」

 舌打ちしたら思いっきり睨まれてしまった。


「本当に失礼な人ね」

 いや、お互い様です。


「……ふう。それで、名前は?」

「はぁ? 朝倉遥ですけど?」

 って答えたら、コイツ馬鹿か?って顔された。


「貴女の名前じゃなくて、このプライベートギアの! 固有名詞は無いのか?って聞いてるの!」


「ああ、そっちか。それならガン……」

 言いかけて慌てて口をつぐんだ。危ない危ない。アタシらは普通に『ガンマⅡ』って呼んでるけど、流石にそれはヤバいよね。いろいろ勘繰られちゃいそうだし。だったらなんて言おう?

 う〜ん、システムから取って『POKDピーオーケーディⅡ』?

 ちょっと長いな。

 なら『PKⅡピーケーツー』?

 なんかどっかの化粧品みたいだけどまぁ、ひとまずこれでいいか。巧と直虎に相談したいとこだけど、目の前で氷の女が眉間にしわ寄せて睨んでるもんなあ。

 

「じゃあ、『PKⅡ(仮)』でお願いしますぅ」

「はぁ? (仮)ってなによ? だいたい何の略?」

「それはって事で」

 だって何の略か、アタシも知らないし。


「ふざけてるの? 本当に貴方達は…………」



 その後、授業開始のチャイムが鳴る寸前までくどくどと文句を言われてから、やっと開放されたのだった。

 



  ◇



 放課後、例によって巧の工場へ集合した時、甲斐マネージャーとのやり取りを話した。


「なるほど、PKⅡですか。俺はいいと思いますよ。直虎さん、どうです?」

「うん、巧くんがいいなら全然OKだよ」

「そうっスね。ちょっと化粧品っぽいけど、いいんじゃないスか」

 ……いや、何でまたケージが当たり前のようにいるんだか。

「あんた一応、受験生じゃないの?」

 ってケージに聞いたら

「なんか、Gスポーツ推薦枠で行けそーなんすよ」だって。

 マジかー。馬鹿だから時々忘れそうになるけど、ケージは結構な実力者だもんね、馬鹿だけど。

「因みに、ナオは実力で行くみたいっスよ。アイツ結構、頭いいんで」

「へぇ、ナオも後輩になるのかー。来年はここも賑やかになりそう……あっ、直虎は卒業しちゃうんだ……」

 そうだ、直虎だけじゃなく巧もいなくなる可能性があるんだった。なんとなくずっと続いていくような気がしてたけど、この仲間達はイベントまでの関係でしかないんだよね。

 短い期間でギュっと濃縮されたような時を過ごした仲間達。今ここにはいないけど、天草やナオもそんな大切な仲間だ。そしてイベントが終われば、それぞれ別の道に進んで行くんだろう。


 皆、その事が頭を過ぎったのか、変な間が空いてしまう。


 そんな微妙な空気を吹き飛ばすように、直虎が声を上げた。

「……じゃあ時間もない事だし、訓練始めようか。ケージ君、相手お願い」

「へい、やりますか」

「俺らはガンマ……じゃなくてPKⅡの調整を。今日はローラーダッシュメインでやりましょう」

「おっけー」

 

 先の事を考えても仕方ない。今はまず、イベントの事だけを考えよう。









  ◇



 

 まだ基本動作だけど、PKⅡにもだいぶ慣れてきた感じがする。

 不安感というか恐怖感はなくなったしね。

 

『じゃ、ローラーダッシュで適当に走ってみてください』

「わかった」

 少し離れた位置から巧がノートPCを操作しながら、無線で指示を出してきた。

 PKⅡのローラーは右の踵を素早く2回、地面を叩くように打ち付けると足裏からガシャンと出てくるようになっている。これはローラーダッシュ付きのパイギアと同じ仕様だ。

 ただし、パイギアはほぼ平らなローラーなのに比べ、PKⅡは横方向に深い溝がぐるりと付けられているという違いがある。激しい急加速、急ターン、急停止、急バックに対応する為なんだそうだ。

 そうそう、バックも出来るというのもパイギアとの大きな違いだろう。パイにはバック走行なんて機能はなかったもの。

 アタシ的にはスケートで当然バックでも滑るし、後ろに向かって走る事自体に恐怖感とかはあまりないんだけど、慣性で滑るのとモーター駆動で走るのとではまた違うんだよね。


 まずは軽く、ローラーダッシュで走り出す。感覚的には今までのパイギアと変わらないかな? ターンもスムーズ、バック走行も問題ない感じ。

 なので少しずつスピードを上げていく。だんだん速度が上がっていくと、

「あれ?」って気付く事があった。

 昨日感じた恐怖感が全くないどころか、安心感さえ感じるのは何故だろう?

 慣れもあるんだろうけどそれ以上に、長年乗ってるような絶対的な安定感。

 昨日乗り始めたばかりなのに、まるで使い古したスケートシューズのような包容力を感じるのはなんで?

 

 そんな感じで首を傾げながらも、気付けばかなり長い時間走ってしまっていたのだった。



 巧の元へ戻り、その事を伝えると、

「こいつはあくまでローラー走行がメインなんで、走ってる時が一番安定するんですよ。まあ、慣れも多少あるとは思いますけど、でもそれだけじゃないんですよね。これ見て下さい」

 そう言いながらPCを向ける巧。

 その画面には様々な数値やら円や波形のグラフやらが表示されてたけど、勿論あたしにはさっぱりだ。


「えーっと、何かな?これ」

「これは今までハルカさんが乗ってきたパイギアの各部の動きを数値化した物です。パイギアにはこうやって動きのデータを残す機能が付いてるんですよ」

「今までのって事は、ヒデヨシ商会で乗ったギアやら、ここで乗ったケージのギアから、って事?」

「そーです。勿論、ギアフェスでのホッケーのデータも入ってますよ。朝日さんにお願いして、送ってもらいましたから」

「へえ。じゃあ、これを元にして調整した訳か。通りで、なんかやたら乗りやすいなって思ったんだよね」

「それは良かったです。でも、それだけじゃないんですよ。この程度の事は何処でも当たり前にやってますからね。このPKⅡにはパイギアにはない機能が備わってるんですよ」

「それってPOKDシステム以外に?」

「はい。まだシステム名はないんですけど、簡単に言えば『フィードバックシステム』ってとこかな。こいつにはハルカさんの癖を覚えて、それに合わせて挙動を変えていくAIが内蔵されてるんです。だから乗れば乗るほど、どんどん操作しやすく、更に動きの限界を上げていくようになってるんですよ。この機能はイプシロンのサポートAIを元にしてますからね。パイギアはおろか、プロ用のゼータギアにだって付いてない機能ですよ」

「……イプシロンって、あのイプシロンだよね?」

「あのイプシロンです」

 言うまでもなく、ガンマと戦ったギアだ。


 うわぁ、なんかとんでもない事になってきたな。伝説級のギアの名前がもう一体出て来ちゃったよ。どうやらこのギアは想像以上に凄いマシンらしい。


「じゃあこのPKⅡって、ガンマのボディにイプシロンの頭脳が載ってるよーなもん?」

「あと、直虎さんギアの魂も入ってますしね。それを操るのが天才スケーターのハルカさんとくれば、もう絶対無敵でしょ?」

「うっ……」


 純真な笑顔の中に絶対的な自信を滲ませている巧にそう言われてしまい、いきなり物凄いプレッシャーを感じて目眩がするアタシなのだった。









 




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P.O.K.D シロクマKun @minakuma

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