第36話 今ここに立つ意味
ユイ姫と共に、皆んなでゾロゾロと工場へ向かう。
今、アタシたちがやってる面白い事を見せろと、ユイ姫は言った。それは間違いなくガンマⅡとデルタ改の事だろう。
「お前、いつまでこっちにいるんだ?」
歩きながら巧がユイ姫に話し掛ける。因みに、ユイ姫の今の拠点はアメリカだ。
「そうねぇ、一ヶ月ほどかしら」
「試合で?」
「いえ、今シーズンは日本での試合はないわ。新製品のチェックやら、新しい企画の詰めやら。後はCM撮影とかね。なに? デートにでも誘うつもり? 少しくらいなら時間空けてあげてもいいけど?」
「誘うかっ。こっちだって忙しいんだよ」
「ふん、例の高校No.1チームと戦うってヤツ? 相変わらずバカよね、アンタ。今更高校レベルに係る意味ないでしょ? 世界を見なさい。今や世界中の大企業がGスポーツに参入しようとしてるのよ? 日本1強の時代はもう終わったわ。この業界が急速に発展を遂げようとしてる今、日本に留まってる理由はない。時代の流れに取り残されるだけよ?」
「ああ、今の急激な展開は興味があるし、凄くワクワクするよ。でも、足場を固めるのも大切だろ? 土台がしっかりしてないと高く跳べない」
「屁理屈ね。まあでも一応、世界に興味はあるんだ?」
「いずれな。一度は体験してみたいと思う」
アタシのすぐ前を歩くユイ姫と巧の会話。聞いちゃっていいのかな?って思うけど本人たちは気にしてないみたいだから、まあいいんだろう。
でも極簡単に、それこそ近所のコンビニに行くみたいな感覚で世界がどうとか言ってるし、ホントにこの二人とは住む世界が違うんだろうなって思ってしまう。すると、ユイ姫がアタシをチラッと見た後、顔を巧の耳に近付けた。
「アンタそうやってカッコつけてるけど、ホントはあの娘に肩入れしてるから日本を出られないんじゃないの?」
すぐ後ろにいるアタシにだけ聞こえるくらいの低い声のトーン。いや、むしろわざとアタシに聞かせてる?
「ばっ、バカ言うなよっ。そんな事ないって」
「ふうん、どうだか。あの娘ちょっと先生に似てるわよね? 久し振りにここに来て、先生の事思い出したわ」
……先生か。
それは巧の恩師であり、初代ガンマのプレイヤーであり、巧の初恋の人。
そういえば朝日さんにも言われたな、アタシが似てるんじゃないかって。朝日さんは実際の先生は知らなくて、あくまでイメージでだけって事だったけど、ユイ姫は良く知ってる訳だし、だとしたらホントに似てるのかも。
どんな人だったんだろう。一度会ってみたいな。
「そう言えば、先生は元気かしら?」
「さあ? 卒業してから会ってないな。たぶん、今でもテキトーに地味にやってんじゃないかと思うけど。手紙もメッセージのやり取りもないしな。だいたいあの人がマメに連絡したりすると思うか?」
「あー、絶対面倒くさがるわよねw」
そう言って笑い合う二人。
ああ、ユイ姫ってこんな無邪気に笑うんだ。いや、それは巧も同じか。
息が合うっていうか、お互い本当に素を出せる間柄なんだろうな。
自分の後輩が世界的大スターと平気で慣れ合えるという事実。それは本来、誇らしいと思える事なんだろうか。アタシは……ダメだな。嫉妬心、劣等感そんなドロドロしたモノを感じてしまう。
工場に入ったすぐの所に2台のデルタ改とガンマが立っている。
ユイ姫はデルタ改を軽く一瞥しただけで、すぐに真っ赤なガンマⅡの方に近付いた。
あまり変わらない表情でガンマⅡをしげしげと眺めるユイ姫。
そして
「……あの機体にそっくりね、これ」
そう呟く。
「ああ」
「じゃあ、あの馬鹿げたアレも付いてるんだ?」
「もちろん。ガンマの名を受け継いだからな」
「ほんっとにバカねw。もう熱血ロボットアニメのノリでやってたあの頃じゃないのに。ちゃんとしたルールにのっとって競い合うスポーツに昇華した時代なのよ? 時代遅れのこれが最新のパイギアに勝てると思ってるの? それにパイギアはあたしも開発に携わってる。そんな甘い機体じゃないわよ?」
「それでも負けるつもりはないよ」
そう本気で言い切ってしまう巧が頼もしい。
「……本当、変わらないわね」
ユイ姫はオーバーリアクション気味にやれやれって感じを出した後、アタシに向きなおる。
「貴女がこれのプレイヤーなんでしょ?」
「え?」
なんでアタシだってわかったんだろう? 巧が乗るとは思わなかったんだろうか?
ずっとアタシから視線を外さないユイ姫。
こんな至近距離でユイ姫にガン見され続けるのは心臓に悪い。さっきからずっとバクバクしてるし。
でもこうして近くで見ると、背格好はアタシとほぼ同じくらいなのに気付いた。アタシの方が少しだけ高いかな? おっぱいも……同じくらい?
畏れ多いけど、ちょっとだけ親近感。
って思ってたらおもむろに近付いてきて、アタシの胸をツンとつっついた。
「ひぇっ! な、なんですか⁉」
「貴女さっき、自分の胸が嫌いって言ったわよね? なんの意味もなく胸が大きくなったとでも思ってるの? 貴女が今ここにこうして立ってるのもたまたま? 違うわ。それはすべて必然。成るべくして成ったのよ。貴女の胸が大きくなったのも、貴女が今ここに立っているのも、すべて意味がある事なのよ」
……いや、全然意味わかんないんですけど⁉
「その……今ここに立ってる意味って何なんです?」
「そんなの誰にもわからないわ。後になって気付くのよ。それがどんな意味だったのかを。貴女だけじゃない、アタシもそう。過去にこの場所でテロに巻き込まれたから今のアタシがある。あなた達だってそう。みんな何となく集まったわけじゃないでしょ? 集まるべくして集まったのよ。何かを成すために」
「それは……Gクラブに勝利する為に、でしょうか?」
戸惑い気味に直虎が声を上げる。
「さあ? どうかしら。負けたって、それが後で意味を持つのかもしれないわ。大切なのは自覚する事、受け入れる事。なにより楽しむ事。ウダウダ悩んでいたって何も成し得ない。後は自分たちで考えなさい」
それだけ言うとユイ姫はもう興味なくなったのか、アタシたちから離れていった。
そしてユイ姫は巧に向かって言い放つ。
「ところで巧。貴方、来年のシーズンから正式にウチのチームに入りなさい」
◇
いきなりのその宣告に仰天する一同。無論、アタシだってびっくりだ。
「ユイ姫のチームってGユニコーンっすよね⁉ すげえじゃないすか、巧さん!」
と、手放しに喜ぶケージに対し
「いや、だからまだ行かないって言ったろ?」
と、あくまでブレない巧。
「勘違いしないで。ウチのチームとは言ったけど、アタシのチームとは言ってないでしょ? ウチ、カドワキグループにはAクラスチームが2つある。こう言えばわかるかしら?」
その言葉に直虎が反応した。
「まさか……Gファルコンの方⁉」
妖しい笑みを浮かべたユイ姫が頷く。
「「「「!!!!!!」」」」
――その場の全員が驚愕した理由。
ユイ姫率いるチーム【Gユニコーン】、それはちょっと特殊なチームだ。まず、公式戦に出る事がない。何故ならイベントや広報専門のチームだからである。つまり、Gスポーツというものを世間一般に広く知らしめる為の活動を行っているわけだ。ユイ姫自身は実力もあるA級プレイヤーなのだけど、チームは公式戦とは無縁なので、当然ランキング外の存在になる。試合をする事はあってもそれは特別なイベント戦だったり、エキシビションマッチであったりするだけだ。アメリカンプロレスのようなエンターテインメントに特化したチームと言えるだろう。
一方、カドワキのもう一つのチーム【Gファルコン】は現在ランキングトップというガチ中のガチ、つまり問答無用の世界最高峰チームなのだ。そこに集まるのは当然、世界屈指のプレイヤーやメカニック達な訳だ。
そんなチームのスタッフとして迎えられるという事は、Gスポーツに携わる人間にとって最高の栄誉と言えるだろう。
「凄すぎてもう何がなんだか……」
「そりゃいきなりトップだもんな。俺らにゃ、想像もつかない世界だわ」
ケージもナオも絶句って感じだ。
「ただし、貴方をGファルコンの正規スタッフに推薦する上で条件が二つ」
条件と聞いて皆がざわめく。
「一つ目。最低でも3年は務める事。おそらくその間、日本に帰れないわ」
3年か……。かなり長いなあ。ちらっと天草を見たら何とも微妙な顔してた。
「二つ目。トップチームに入るに値する実績がある事。流石にこのアタシでも何の実績もない人間を推薦する事はできないから」
「それだったら、都市伝説を作った男ってのはダメなんすかね?」
ケージがまた間の抜けた事を言う。
「バッカ、そんな非公式のもんが通用すっかよ。つか、逆にそれが公になったらまずいだろが? いろいろやらかしてんだから、この人」
ってナオに突っ込まれてるし。
「うーん、今から実績作るとなると、結構時間掛かりそうだねぇ」
直虎が考えながら呟く。
「あら、実績と言っても別に難しく考える事ないわ。そうね、たとえばワークスマシンじゃなくて、プライベートマシンで高校トップに勝つとかならどうかしら? 公式ではなくも、それなりの舞台であれば注目も浴びるでしょ」
そんな遠回しの言い方でも、ここにいる全員がその意味を理解したのは明らかだ。皆の顔付きが変わった。
「……つまり、今度のGクラブとの試合で本当に勝てって事ですね?」
幾分緊張した面持ちの直虎に対し
「そうね」
あまりにもサラッと答えるユイ姫。
「Gクラブに勝つ」
それはアタシたちがずっと口にしてきた言葉。
けど、皆本気で思ってだろうか?
口ではそう言ってるだけで、心の中では「まずまずの試合が出来たらいい」なんて軽く思っていなかっただろうか?
たとえ負けたってベストを尽くせればそれで満足、とか思っていなかっただろうか?
今更ながら、そんな甘い自分に気付いてしまう。
そして直虎も、ケージも、ナオも、天草も、皆多分アタシと同じのように思っているように見えた。
……ただ一人を除いて。
「だから最初から勝つって言ってるだろ? 実績がどうこうとか関係ないさ」
ああ、
いったい、どれだけの経験の積み重ねがその自信を支えているのだろう。
幼い頃からたゆまなく努力し続けてきたからこその、自分への絶対的信頼。
この男を追い続ければ、アタシも少しは自分に対して自信が持てるだろうか?
「推薦の話はありがたいよ。でも返事はもう少しだけ待ってほしいな。このイベントが終わったら結論出すから」
「ふん、まあいいわ。今日ここに来たのはこの話をする為。
そう言ってあっさりと出口へ歩いていくユイ姫。余韻やらそんなのお構いなしのキッパリした感じ。ああ、ホントに大物なんだなって思わせるカッコ良さ。アタシが憧れた人はやっぱり凄かったんだな。
そんなスーパースターは出口辺りで振り向いて
「そうそう、バーベキュー美味しかったわよ? ご馳走さま」
と言い、そのまま外へと消えていった。
◇
「なんか……嵐が去ったみたいっつーか……」
「ああ、あのユイ姫がここに来たって、未だに信じられねーな。夢じゃねーよな?」
あのイケイケのケージと斜に構えたナオに、ここまで言わせるユイ姫の凄さよ。
「あっ、サイン貰えばよかった! 舞い上がってて思いつかなかったよ〜」
って、
「巧に頼んだらいいじゃん? 仲いいんだし」
って言ってやったら
「イヤですよ? あいつにサインしてくれ、なんて頼むの。自分で言って下さい」
幼馴染みとはいえ、気安くアイツとか呼ぶの、ホントにムカつくな。
「でもこれで、ホントに勝たなくちゃいけなくなりましたねぇ」
と、天草が呟く。うー、今から緊張しちゃうから、思い出させてほしくないんだけど。
「うん、まずその前にガンマⅡを仕上げないとだけどね。後一ヶ月もないし、明日から学校もあるし。取り敢えず今日は片付けしてお開きにしようか」
「そうですね」
それから皆で打ち上げの片付けをした。なんか中途半端な打ち上げだったけど、よく考えたらめちゃくちゃ贅沢な時間だったのかもしれないな。有り得ないゲストだったもの。
「じゃあ皆んな、夏休みの間、本当にお疲れ様。明日からもこの工場での作業は続くけど、もう少し協力お願いしますね。あっ、ケージくんとナオくんは無理してきちゃ駄目だよ?」
「あー、来ますよ? まあ毎日はムリか。でも、ムリでも来ます!」
「だから無理すんなって言ってるでしょーが」
こいつはホントに来そうだな。
長かった夏休みもようやく終わり。
後は試合に向けてまっしぐら……と行きたいところだけど、アタシの中でプレッシャーがどんどん大きくなってきてるのが実感できる。
やばい。逃げ出したい。でも逃げられない。
そんな葛藤を抱えたまま、怒涛の二学期が始まる。
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