第37話 悪意の視線
二学期。
久しぶりの通学路には好奇の視線が満ちていた。
最初、やけに「ながらスマホ」の生徒が多いな?と思ったんだけど、皆一様にカメラがアタシの方に向いているのが気になった。
いや、ただ普通にスマホの画面見てるだけの生徒もいるんだろうけど、明らかにアタシを狙ってるような動きのヤツが結構いたりする。
盗撮されてる? 何の為に?
理由があるとすれば間違いなく、Gクラブの動画の影響だろう。
イベントの告知として夏休み前に上げられた動画のあと、休み中にGクラブ公式ホームページにも何本か動画がアップされた。それは主に夏休み中の活動の様子や試合結果報告なんかの動画だったんだけど、ウチ(G同好会)の動画も少しだけアップされていたのだ。
天草が撮ったものを使ったんだろう。メカの部分はボカシつつ、直虎らが作業しながら簡単な受け答えをしている動画だった。勿論、アタシらの許可済みのシーンね。
別に挑戦的な事を言った訳じゃなく(あの直虎だしね)、極ありきたりな事しか言ってないんだけど、ネット民の反応はよろしくなかった。まあ単に面白くない、気に入らないって事なんだろう。で、コメント欄がかなり荒れたらしい。
らしい、ってのはアタシは見てないからだ。と言うか天草に「見るな」と止められた。見たら精神病むから、って。そんなレベルなのかよって背筋が寒くなっちゃったし。
『公式HPの方はまだいいんですよ。酷いコメントは削除されていってますし、まだ荒れるようならコメント欄を閉鎖しますからね。それよりタチが悪いのは他の動画サイトの方なんです。ホント、引くぐらい攻撃的なのが多くて』
匿名のSNSだと、モラルもなにも無くなっちゃう人が多いんだろうなあ。
アタシなんかそういう耐性皆無だから、見たら痛恨のダメージ食らうのは間違いないな。打たれ弱さに絶対の自信があるもん。
アタシのそういう弱い部分を直虎たちは気付いてるっぽい。だから、そういう悪意からアタシを遠ざけようとしてくれてるんだろう。
だけど、悪意ってものはネットの中だけとは限らない。
教室に入った瞬間、それを痛感する。
それまで騒がしかったのにアタシが一歩踏み入れた途端、不自然なほどシーンと静まりかえる教室。いくつもの視線がアタシに集中する。強がって睨み返したらサッと視線がそれていった。再びざわ付きだした教室の何処からか、クスクスと笑い声が聞こえる。
うわぁ、きっついな。当分これが続くのか。
すると、クラスのイケてる女子グループが薄い笑顔を顔に貼り付けながら近寄ってきた。
「おはよー、朝倉さん」
その中のリーダー格の女が挨拶してくる。
「……オハヨ」
実はこの娘、1学期の最初の頃に、クラス分けして真っ先にアタシに声掛けてきたんだよね。多分、見た目が派手なアタシを仲間に引き入れようとしたんだと思う。でもその頃のアタシはコミュ力0だったし、無愛想な対応しかできなかったから、すぐ諦めちゃったみたいだった。
それからのアタシは別にイジメられたりはしなかったけど、自分から人の輪の中に入るのも苦手だったし、自然と孤立していった。
良く言えば一匹狼、悪く言えばボッチだったわけだ。
「ねぇ、Gクラブの試合に出るってホント?」
「うん、まあ」
「え〜っ、ホントだったんだ〜。意外〜。朝倉さんってスポーツとか全然興味ない人だと思ってた」
「そんな事ないよ。アタシ一応、体育会系だし」
「へー、でもロボットの中に入るんでしょ? その胸、邪魔にならない?」
ロボットって言うなよ。
「……そんなに邪魔でもないよ」
彼女らの笑顔の裏にあるドロドロしたモノを感じ、思わず不機嫌そうな声を出してしまった。彼女らもそれを察したんだろう。
「じゃ、楽しみにしてるからがんばってね」
と言いつつ離れていく。そして微かに聞こえてくる声。
この娘らが楽しみにしてるのはアタシが恥をかく事だろうな。そういう感情が顔に出てるもの。
始業式の為、体育館へと向かう通路でも好奇の視線が刺さる、刺さる。
面と向かって何か言ってくるヤツはいないとはいえ、陰でコソコソされるのはかなり精神にくるな。
教師達の長い無駄話が終われば今日の行事は終わり、そのまま解散となる。
この後は直で巧の工場へ行く予定だったんだけど、その前に直虎からメッセージが入った。一旦、G同好会ガレージに集まってほしい、との事。
なんだろ? でもここのガレージに行くの、久しぶりだな。
もう昼前だったんで、とりあえず売店でパン買ってから行く事にした。
因みに、いつも昼はパンか学食かのどちらかだ。そもそもお弁当なんて作ってもらった事がないもの。
売店前は生徒たちで混雑してた。たふん部活に行く連中なんだろう。
まずったな。今日は皆帰って空いてると思ったのに。
仕方なく列に並ぼうとした時、いきなり後ろから肩を乱暴に掴まれた。
ムカっとしながら振り向いたら、そこにいたのは全く知らない男子生徒たち。
4人くらいのバカそうな奴らが、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべてた。おかしいな、ここは結構名門校のハズなんだけど。まあ、こういうバカは何処にでもいるもんか。
「あっ、やっぱりコイツだわw。ほれ、G部とヤるって言ってたヤツ」
「アホだねぇw」「そんな目立ちたいん?」「デケェ」
とか言いながら仲間内で笑い合ってるし。
「何?」
そのバカさ加減にイライラしつつ訊ねる。どーせ用なんてないんだろうけど。
「お前こそなんだよ? G部のイベント潰したいの? それとも人気者に嫉妬か? はっきり言ってウゼーんだよ」
ああ、面と向かって言われるのも最高に気分悪いな。
「うっせーわ! 文句があるなら一人で言いに来いよ。群れてなきゃ言えないのかよ?」
と、内心びくびくしながら言ってやった。
これでキレたら全力で逃げようと思ったけど、案外効いたみたい。
「はっ、何ムキになってんだ? いいわ、勝手に試合でも何でもやって潰されとけ。それ見て笑ってやるわ」
そんな雑魚っぽい捨て台詞を吐きながらバカ共は去って行った。
うー、ムカつく。なんなんだよ?
その後、売店の列に並んだら、アタシのちょい前でパンが売り切れになるし。あーもうふざけんなっ! あのバカどもに絡まれてなきゃ、買えてたのに。いやアイツら、ひょっとしてワザとか? パン売り切れでアタシを落胆させようとして? そう考えたら更にブチ切れそうになるアタシ。
そしたらまたもや後ろから肩を叩かれた。
さっきの奴らがまた笑いにきたのかと思い、完全に怒りの表情で振り返ったら、全然違う生徒たちだった。
振り返ったアタシにビビってる、気の弱そうな男子が3人。3人ともまあ見事にイケてない、いかにもなオタクくんたち。どことなく直虎っぽいな。
「……なに?」
見るからに攻撃的ではなさそうだけど、こっちは機嫌が悪いんでキツい言い方になる。
「あっ、いや、あの……」
3人とも何かモゾモゾしてるし。
「……だから、何か用?」
あまりにも相手がビビってるんで、多少トーンを下げて聞いた。
「ぼ、ぼくら、ギアフェスに行ってたんです。え、えーっと、朝倉……さん、ホッケーに出てましたよね?」
うげっ、アレ見られてたのかぁ。名前とか出してないのによくアタシだってわかったな。ってか、あんまり思い返したくない黒歴史なんだけど。
「うん、まあ、チョロっと……ね」
そう答えると3人の表情がパッと輝いた。
「や、やっぱり⁉ そーですよね! いや、あれはカッコ良かったです、ホント」
「そそそう、ぼ、ぼくら朝倉サンのファンになりました!」
「……うんうん!」
ええー? マジで? って、3人の表情見る限り本当みたい。
はは、有名になるって、敵だけじゃなくて味方もできるものなんだねえ。
圧倒的に敵の方が多い気がするけど。
「だから、今度のイベント、が、頑張ってください!」
そう励まされてしまった。しかも、アタシがパンを買えなかったのを見てたらしく、「良かったらコレを」って皆1個ずつ、合計3個のパンを貰っちゃった。
そして、ひと仕事終えたみたいに満足げに去っていくオタクくんたち。
すさんでた心がちょっとだけ洗われた感じ、かな。
うん、いやまあ、単純に嬉しかったりね。
◇
久し振りのガレージには、直虎と天草、それに知らない男子生徒がいた。
「やあ、朝倉遥さんだね? いつもウチの天草がお世話になってます。僕は報道部部長の島津です。宜しく」
ビシっとした七三に黒縁メガネ、四角い顔の、いかにも真面目そーな男がそう挨拶してきた。その隣でカメラを担いだ天草がちょこんと頭を下げた。
天草の先輩かあ。通りで天草が、借りてきた猫みたいに大人しい訳だ。
「朝倉です。よろしく」
「イベントが間近に迫ってきたのでね、意気込みなどを教えてもらおうかと」
島津部長がインタビュアーで天草がカメラマンか。今日の経験で、インタビューにはいい印象がないんだけどなあ。
「そんなに構えなくていいよ。簡単な質問しかしないからね。ではまず沖田部長のインタビューから行きましょうか」
まず部長からって事は、やっぱりアタシもされるわけか。ってかそれで集められたんだろうけど。やだなあ。
そーいえば、巧の姿が見えないけど逃げたな、あいつ。まああいつの場合、
悪目立ちしたらいろいろヤバいから仕方ないか。
◇◇
「……本日はG同好会さんの方にお邪魔しています。早速、部長の沖田さんにお話を聞いてみましょう。沖田部長、宜しくお願いします」
「はい、宜しくです」
「まずコチラのガレージを見たところ、イベントで使用されるギアが見当たらないんですが……」
「あ、はい、ギア3機は現在別の場所で制作中なんです」
「えっ、確かオリジナルのギアを使われるんですよね? それがまだ出来てないという事ですか?」
「いえ、ほぼ組み上がってはいるんですよ。ただ、これから動かしながら調整していくので、完成は多分ギリギリになるんじゃないかと。他の2機は改造したデルタなんですけど、そちらはほぼ完成してます」
「ははぁ、オリジナル機体、間に合うのは間に合うんですね。それは一安心です。果たしてどんな機体なのか、乞うご期待ですね。あと、デルタというと昔の作業用のギアでしたっけ。それで今の競技とか可能なんでしょうか?」
「はい、ウチの優秀な部員がフル改造したんで、かなりいけるんじゃないかと思います」
「なるほど、機体に関しては問題ない、と。しかし相手は現在高校トップのチームですが、それについては?」
「うーん、戦略的にどうこうとか言えるレベルじゃないので何というか……とにかくベストを尽くすとしか……」
「巷では何分持つか?というのが話題になってるのはご存知でしょうか?」
「あー……何分、ですか(笑)そりゃキツいな、アハハ……」
「一番多い意見はズバリ3分なんですが、中には1分もたないって意見もありますね。沖田部長的にはどれくらいだと思われます?」
「……
「……あぁ、そうですね、そういう気持ちでぶつかっていくって事ですね。どうもありがとうございました」
「いえ……ハハ」
◇◇
「2年生の朝倉さんですね? 宜しくお願いします」
「…………ドモ」
「……えー、朝倉さんは会長なんですよね? というと、沖田部長より上の立場なんでしょうか?」
「いーえ。単なる肩書きだけです。アタシ、一番下っ端ですから」
「……。でも、ゲームでは一番重要なKINGのポジションですよね? 実力は同好会No.1という事では?」
「いーえ。アタシ、一番ザコですから」
「…………。それでは試合に向けて意気込みを一言」
「………すぅ―――――」
「……………?」
「――――――ぜったい勝つ! 以上!!」
◇
えーっと、天草が「こいつやりやがった」みたいな顔で見てくるんだけど。
仕方ないじゃん。朝から散々鬱憤が溜まってたもん。
「あーあ、今でさえ炎上してるのに、これ以上煽ってどーすんです?」
カメラを止めた天草に言われてしまう。
「……つい、ね。編集でカットしといて」
「いや、インパクトあって良かったと思いますよ」
って使うつもりか?
「まあどうせ僕らは本当に勝利をめざしてるんだし。あのくらい言っても良かったんじやないかな」
その直虎の言葉に島津部長はえっ?という顔をした。
「本当に勝つつもりとか? いや、まさかそれはないよね?」
うっすら笑いを貼り付けながら言う島津。
「そのまさかですけど?」
睨みつけながらキッパリ言ってやる。
「えっと……それは誰が書いた本?」
「「本?」」
頭にハテナマークが浮かぶアタシと直虎。
「部長! それ失礼ですっ!」
天草が怒ったように叫ぶ。
「いや、だってあり得ないよね? 普通にやってまともな試合になる訳ないって、子供でもわかるし。脚本がないと観客に見せるゲームとして成り立たないでしよ?」
……こいつ、何いってんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます