第31話 夏祭り&ギアフェスティバル その③
大盛況のギアフェスティバルも大詰め、メインである『ギアホッケー社会人チームVS学生チーム』の開始時間が迫る頃、突如として大問題が発生してしてしまう。学生側のプレイヤーが一人、欠落してしまったのである。そして学生チームというのは、例の会場で問題ばっか起こしてた健康不良少年たちだった。リーダーっぽい口ピアスの少年がケージ、シュッとしたジャ○ーズJr風なのがナオ、そして赤い顔でのびてるのがユキというらしい。皆、中三なんだそーだ。
社会人と中三ってハンデあり過ぎないか?と思ったんだけど、ギアスポーツ自体最近急激に流行りだしたものなので、経験値で言うなら殆どアマチュア同士に差はないんだそうだ。身体能力にしても単純に『元の力 × ○倍』ってなる訳でもなく、結局は乗りこなすセンスが決め手になる、との事だった。
話かズレたけど、そんな学生チームにどんなトラブルが起こったか?
ざっくり言うと控室で待機中、学生チームのひとりユキがジュースと間違ってアルコール飲料を飲んでしまったらしい。そりゃ最近のオシャレなカクテル缶とか、一見するとジュースと間違えそうなヤツがあるもんねえ。スタッフの打ち上げ用として置いてあった物が、どういう訳か中坊くんたちの手の届く所にあったらしい。これは相手チームの陰謀、とかではなくて単にスタッフの置き間違いであるので念の為。ユキ少年の方も悪ぶって飲んでみた、とかではなくホントに間違えて2口程飲んでしまっただけらしい。が、たとえ2口といえどアルコールはアルコールだし、それを摂取してギアに乗るのは当然御法度である。ましてやユキは未成年だしね。
「お、オレ大丈夫です! 出させてくださいよ! ちょっと休んだら復活しますから!」
真っ赤な顔をしたユキが悔しそうに叫ぶ。カクテル2口で真っ赤になる所を見ると、元々アルコールに弱い体質なのかもしれない。会場ではふてぶてしい態度だったけど、今こうして目に涙をためて訴えてる様は年相応な感じだった。
「残念だけど、君を出す訳にはいかないよ。勿論、君が悪い訳じゃない。これはあくまでも我々スタッフの責任だ。本当に申し訳なく思う。すまないが今回は休んでくれ」
そう言って頭を下げる秀吉店長やスタッフの人たち。大人達にここまで頭を下げられては流石のやんちゃ坊主もそれ以上何も言えなくなったようだった。
「そういう訳なんだ。彼の代役はハルカちゃんしかいないと思うんだよね」
店長のその言葉にリーダー格のケージが激しく反発する。
「ちょっと待ってよ。ユキが出れないのはしょーがねぇよ。でもなんでこの女なんだよ? それだったらそっちのイケメンか、あやとりの兄ちゃんにしてくれよ⁉」
どうやらケージは巧がインストラクターやってたのや、直虎の舞台を見てたらしい。その上で、アタシが代役をやるという事が全く納得できてないようだった。そりゃそうだよね。巧や直虎は実際にキアを操ってみせたけど、アタシはギアの横にバカみたいな顔して立ってただけだもん。健康優良不良少年たちにしてみたら、なんでモデルが試合に出るんだよ?って感じだろう。ケージの横に控えるナオも、口には出さないけど同じように納得してない感じだ。アタシをジロリと睨みつけてくる。
「巧は……うーんまあ、色々事情があってさ、ダメなんだよ。直虎くんはそもそもローラーダッシュの経験ないらしいし、ハルカしかいないんだよね。ケージ、あんたも男なら四の五の言わずに女の子を守ってやんなよ? まあ、逆にあんたらが守ってもらう事になるかもだけどさw」
朝日さんがまた少年らを挑発するような事を言う。なんか親しげな口調だけど、前から知り合いなのかな? うわあ中坊コンビ、めっちゃガンつけてくんだけど。
「……分かったよ。どうなっても知らねぇぞ? そんでギアはどーすんだよ? ユキのヤツを使うにしたって、もう調整してる暇ねぇぞ?」
ケージとナオは自前のギアを持ってるらしいけど、ユキはヒデヨシ商会からリースしたギアのようだ。朝日さんがギアの貸し出しもあるって言ってたのはこのユキの事か。ギアは当然ユキ用に調整済らしい。ただ乗るってだけなら調整は然程難しいものではないんだけど、激しい試合となると話は違う。手足、腰、胸、首、その可動域を細かく調整する必要がある。そうしないと動きの精度が落ちてしまうのだ。更にローラーダッシュタイプのギアはその傾向が顕著だったりするのである。きっちり調整しようと思えば一時間でも済まないだろう、普通ならばね。
「大丈夫、俺と直虎さんで調整しますから。5分もあればハルカさん仕様にできます」
そう、今ここには巧と直虎がいるのだ。これ以上信頼できる整備士はいない。
「そりゃ頼もしいけど、ホントにそんな時間でできるの?」
と、心配する朝日さんに
「大丈夫です。ハルカさんの身体の事なら隅からすみまで隅まで把握してますからね」
そう言ってのける巧。いやその言い方、なんか勘違いされない!?
「へぇ……そーなんだ?」
秀吉店長も朝日さんもニヤニヤしてるしさ? 絶対他の事考えてるよね?
マジで開始時間が迫っているんで巧と直虎は速攻で調整に入った。乗り込むアタシなしでもテキパキと微調整をしていく辺り、この二人はホントにアタシの身体の寸法的な事は完璧に頭に入ってるんだろうなぁ。凄く複雑な気分だ。
その間、アタシの方は簡単なルールのレクチャーを受ける。まあ要するにホッケーをギアでやるって事なんだけどね。人数は3対3でやるとか、ステックと硬球はギア用に合わせてやや大きめになってるとか、ゴールキーパー以外はボールに体が触れてはいけないとか、ステックは肩から上に上げてはダメ、ステックの裏面でボールに触れたらダメ……まあそんな所。あと、ギアはみんなローラーダッシュ付きだからアイスホッケーの方がイメージし安いかな。
とりあえずお祭りのイベントなんで、あんまり堅い事言わずに楽しくやりましょう、と最後にスタッフの人に言われた。うん、その方がアタシも緊張しなくて済むからありがたい。
まあ、ケージには
「アンタにはなんも期待しないから、キーパーやってくれ。ゴールまでは行かせねえけど、もし万が一ボールが来たら死ぬ気で止めろよ? ヘマして点入れられたら
って脅されたけど、期待しないクセに死ぬ気で止めろとかどっちなんだよ?
皆んなお祭りっぽいノリなんだけど、この中坊たちだけはやたら
◇
進行役スタッフの軽いMCの後、まず社会人チームが紹介された。某巨大衣料メーカーが抱えるチームで、アマチュアの大会ではそこそこの成績を収めているらしい。続いて学生チームが紹介され、アタシも最後尾からコソコソとついて行く。できるだけ目立たぬようって思ってたのに、MCの「急遽代役に選ばれた女子高生です」との言葉に観客からどっと歓声が上ってしまう。女子のプレイヤーは珍しいのかな? それとも女子高生に食いついたか。
なんでもいいけど、この一気に注目を浴びてしまった状況は非常にマズイ。
手足が震え視野が狭くなっていく。頭もボーッとしてくる。人々の視線が怖い、今すぐ逃げ出したい。いや、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げ……ってお約束のセリフ言ってる場合じゃないな。
考えてみれば、さっきエロい格好で野郎達の視線に晒された事が良かったのかもしれない。あれで少しは人の視線に慣れたもの。さもなきゃ今頃とっくに逃げ出してる。って、まだ足の震えは止まらないけどね。
「オネーさん、頑張って!」
ふと気づくと、ヲタクっぽい一団がぶんぶん手を振りながら叫んでるのが見えた。あれ、さっき群がってたカメラ小僧たちじゃん?
「かたい、かたい! リラックス!」「顔怖いよー? 笑って!」
カメラ小僧同士の連帯感ができたのか、アイドルの親衛隊みたいなノリで応援してくれている。正直、『ギアの試合になんで女が出てくんだよ?』とかいう批判的な反応を覚悟してたんだけど、観客の目は暖かかった。みんな試合を観戦するっていうより、お祭りを楽しんでるんだろう。そんな雰囲気がアタシの緊張を緩和させていく。
うん、なんとかやれそうだ。
◇
サイレンの音と共にいよいよ試合開始。
アタシは試合前に言われてたとおりキーパーとしてゴール前で待機する。そりゃ滑り(正しくはローラーで走るだけど、滑るの方がしっくりくるのでこう表記)に関しては自信あるけどステックさばきは全然だもの。ってか、数分前に初めて持ったくらいだし。
キーパーは体でボールを止めてもいいから、それで何とかなるかと思う。因みに普通のホッケーのゴールって小さいイメージだけど、これはだいぶ大きいかな? 多分ギアに合わせて大きくしてるんだろう。
開始と同時にボールを奪ったのはケージだった。流石にこの辺の中学の中では最強って言われるだけあって動きが鋭い。偉そうなだけかと思ったら実力も充分あるんだな。ボールを上手くキープしながら猛然とゴールへ向かって行く。相方のナオは他の敵プレイヤーをブロックしつつケージのサポートに入る。まるでツ○サとミ○キくんみたく、コンビの息はピッタリあっているようだった。
そしてケージのシュート!
残念ながら最初のシュートは敵キーパーに阻まれた。敵チームの動きは派手さはないけど落ち着いてキッチリ仕事してるように見える。大人の余裕って感じかな。対するケージはとにかく勢いに任せてガンガン行くタイプなんだろう。果敢にボールに向かって走り、止まることがない。まるで猛犬みたいだな。相方のナオの方は割と冷静にサポートしているようだけど。
うーん、こうしてちょっと遠目から見るとそれぞれの動きがよくわかるなあ。ケージはセンスはあるのに周りがあんまり見えてないように思える。いや、見てないって言うべきか。自分の力を過信しての事だろうな。ナオにパスを出すより自分で持って行こうとするもの。ナオも結構上手いステックさばきするのに最後はケージに決めさせようとしてるし。多分、今までそうして勝って来たんだろう。ケージの高圧的なプレーは同年代にはかなりのプレッシャーになりそうだけど、流石にどっしり構えた大人相手だとそう上手く行かないみたいだ。
まあ、ほとんど相手エリア内でボールを回してこっちには来ないのは、最初にアタシに宣言した通り大したもんだけどね。それがいつまで続くかどうか……。
……って思ってたら来たよーっ!
『ちっ、まずった。ナオ、止めてくれ!』
ケージの叫ぶような声が無線から流れてくる。因みに、このパイギアの頭部は透明なドーム状のシールドになってるので、外の音はスピーカーを通して聞こえるようになっている。そしてプレイヤー達の声は無線で聞こえるんだけど、この試合の設定では敵味方同じ周波数だ。つまり、チーム同士だけの秘密の会話ができないって事だ。敵の会話も聞こえちゃうのである。
『やばい、抜かれた』
そのナオの言葉通り、敵が単独で突っ込んできた。そしてシュートの体制に入る。
『女! 絶対止めろよ!』
女って言うなよ、失礼な奴だな。こっちのエリアには来させないんじゃなかったっけ?
敵プレイヤーはJKのキーパーに手加減したのか甘くみたのか、結構手前からシュートの態勢に入った。ギアごと突っ込んで来られたらアタシもビビっただろうけどさ、ボールだけなら問題ないぞ? シュートされたボールをギアのお腹で受け止める。衝撃も中まで伝わって来なかった。うん、これなら大丈夫。
普段、直虎の銃の的になったりしてるもの。アレに比べたら玉の速度は全然遅いし、なんなら巧の剣の突きの方が鋭かったりする。
『へぇ、やるねえ、女子高生。こりゃ、本気でやらないと失礼かな?』
敵さんの呟く声が入ってくる。
そーだよ? 本気で来なさい!
……いや、思っただけで口に出す勇気はなかったけどね。
敵さんの言葉通り攻めの圧が随分強くなってきた。
こちらのエリアにこさせないってケージの宣言はどこへやら、こちらのエリア内で攻防してる時間の方が遥かに長くなっている。当然シュートも何本が飛んで来たけど今のところはセーブできてるし、アタシとしては上出来かな。
でもエリア内を自在に滑ってるプレイヤー達を見てるとこっちも滑りたくてウズウズしてくる。でもゴール開けて飛び出したらケージが目を剥いて怒りそうだな。チャンスがあったら一瞬だけ飛び出してみようかな。なかなかなさそうだけど……って思ってたらいきなりチャンスキタ―――!!
ボールがこちらへ転がってきて、それを敵さんが追ってきている。その後ろからはナオが来てるけどこれは追いつきそうもないな。今飛びだせばアタシの方が先にボールに追いつくだろう。そんな一瞬の計算でアタシは飛び出してた。
『バカ! 何ゴール開けてんだよっ!』
そんなケージの罵倒が終わる前にはアタシはボールに追いついてた。ボールと敵の間に体を入れ込んで背中でガードしつつ、ナオが追いついてくるタイミングを測る。今アタシは敵味方両方に対して背を向けている状態だけど、ターンの直前にプレイヤー達のそれぞれの位置と動きを確認していた。常に周りのプレイヤーの位置と動きを把握して、この後の動きを予想しつつ先回りで動く。これは朝日さんとの特訓でさんざんやらされた事だった。
なので敵に背を向けてガードしつつも、今どこまでナオが来ているかは頭の中でシュミレーション済だ。そしてここだ!ってタイミングで見えないナオに向かってバックパスを出す。バッチリ思い描いていた通りの位置にナオが来ていた。が、一つ計算を間違ったのは、アタシのスティックさばきは理想とは程遠かったって事だ。バシっと絶妙にナオに出したはずのパスは、実際にはひょろひょろと転がっていく。もう少し勢いがあればナオに届いてたのに、結局敵に横から奪われてしまった。
ヤバイ! ガラ空きのゴールを狙われる!
即、ゴールへダッシュ。タイミングはギリギリだ。ゴール前でターンして正面を向いてる暇はない。敵は今にもシュートの態勢に入ってる事だろう。
なんとか先にゴールに辿り着いたアタシは、それまで何本が打たれたシュートの内、頻度の高かったコースに向かって目一杯手とスティックを伸ばした。
まさにその瞬間、スティックにボールが当たり、弾かれたボールがゴールの上を飛んでいく。観客たちから歓声か上がるのが聞こえた。
うああ、ヤバかったあ! なんとかゴールは死守できたな。
『うおっ、絶対決まったと思ったのに! この娘、背中にセンサーでも付いてんのかよ!?』
『いや、センサーじゃなくてマグレだろ?』
あ、はい。マグレですね、それは間違いないです。敵さんの言葉に頭の中で返すアタシ。
『……止めたのはマグレでも、追い付いたのはマグレじゃないだろ? この娘マジでとんでもないぞ?』
え? いや、そんな過大評価しないで下さいよ?
やはりまだ彼等はホントの本気じゃなかったみたいだ。
この後、アタシはそれを痛烈に知る事となるのだった。
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