第32話 夏祭り&ギアフェスティバル その④
ギアフェスの目玉である、ギアホッケー社会人vs学生チームの試合は両者無得点のまま後半戦に入った。
前半はケージの果敢なアタックが何度も繰り返される攻めのムードだったけど、敵チームの落ち着いたプレーに阻まれ得点出来ず。
中盤は敵チームも積極的にアタックしてきて、こちらは防戦気味。
その流れのまま、後半に突入し敵チームのアタックの激しさは増していく一方だ。ボールは敵チームがキープしてる時間の方が圧倒的に長いし。ケージとナオが必死に食らいついていくけど、技術力と狡猾さで上回る社会人チームからはなかなかボールを奪えない。うちの中坊コンビは突進力はあるんだけど、それが空回りしてる感じなんだよね。いや、空回りさせられてるって事なんだろうけど。シュートを打たれる回数も当然多い。ある程度離れた距離からのシュートなら止められるんだけど、やっかいなのは体ごと突っ込んでくるのが殆どになってきた事なんだよね。
ゴール前にはゴールクリーズと呼ばれる小さな半円形のエリアがあって、敵プレイヤーはその中までは入って来れないんだけど、その円の縁ギリギリまで来てシュートを打ってこられると、まるで0距離から打たれてるような気分になる。そのエリアの外では当たり前のようにギアを激しくぶつけてくるし。
これが本来のギアホッケーのスタイルなんだろうな。だいたい、元のアイスホッケーって、氷上の格闘技って呼ばれてるほどだもん。激しい当たりありきの過激なスポーツなんだよね。
おそらく最初は女子高生のキーパーだからって遠慮が多少あったんだと思う。公式な試合じゃなくてお祭りのイベントだし。でも流石に1点も入らないとなると社会人チームとしての面子もあるし、相手がどうとか構ってられなくなったんだろう。今はもう遠慮もなく、ガンガンぶつけてくる。こうなってくると動体視力も反射神経もあんまり関係なくなってくるんだよね。ただただ当たり負けしないようどっしり構えてゴールを守るだけだ。
両者無得点のまま残り時間が10分を切った時、試合が動いた。少ない残り時間に焦ったケージとナオがかなり強引に突っ込みパス回しが雑になったところを狙われ、上手く社会人チームにボールを奪われてしまう。そのまま一気にこちらのゴールへ突っ込んでくる敵プレイヤー。やはり半端なシュートは打たずにギリギリまで突っ込むつもりのようだ。
それに備えてしっかり踏ん張るアタシ。
が、ゴールクリーズ間際でシュートを打つかと思いきや、敵さんAはほぼ横にヒョイとボールを上げた。その膝あたりに上がったボールをすぐ後ろから来た敵さんBがスティックで打ち抜く。
激しい当たりが来ると踏ん張ってたアタシはそのシュートに反応が遅れ、ボールは見事にゴールに吸い込まれてしまった。
途端に観客から大きな歓声が湧く。
やられた。
ってことはアタシもケージにヤラれちゃうんだろうか?
『ゴメン、止められなかった』
謝りつつ、また文句言われるんだろうなって思ってたら、ケージからは意外な言葉が返ってきた。
『いや……アレはしゃーない。気持ち切り替えろ。こっから反撃する』
『そーそー、アンタ良くやってるし、まだまだイケるでしょw?』
ナオも結構アタシを認めてくれたみたいだ。
よし、残り時間少ないけどもっといいプレイを目指そう。
仕切り直してプレイ再開。
1点取られた事で逆に開き直ったのか、ケージとナオは今まで以上に活き活きと攻めていた。時間は残り少ない。
ゴールは絶対守るぞと気合いを込めて構えていたら、ナオがこちらをチラチラ見てくるのが気になった。あ、これは誘っているなと気づき、タイミングをみてダッシュした。案の定、敵を自分に引きつけながらナオがパスを出してくる。
『もうゴールは気にすんな! 突っ込んでけ!』
ナオがそう叫ぶのを聞きながらボールをスティックで受け取る。残り時間がもう無いから守るより攻めろって事か。
慣れないスティックさばきでボールを運んで行く。後ろからはナオのブロックを突破した敵さんAが、前からは敵さんBが迫ってくる。ケージはニュートラルエリアで様子を伺ってるようだ。
アタシは細かい高速ターンを繰り返しボールを守っていく。スティックさばきが下手なら身体全体の動きでカバーすればいい、そんな発想からだった。滑りなら負けない自信がある。直線的な動きじゃなく、まるで舞い踊るような滑りに相手はかなり面食らったらしい。動きがトリッキー過ぎて先が読めないようだった。それは観客も同じで、どよめきの後、大きな歓声が聞こえてきた。
敵さん2人に追われつつ敵エリアに入る。もう相手ゴールは近い。ケージはやや後ろについてきている。
このままシュートするべきか?
いや、キーパーをどうにかしないと絶対セーブされるだろう。
アタシは後ろから追ってくる敵2人をブロックする様にあえてスピードを落とした。ボールだけがゆるくゴール前へと転がっていく。それをクリアしようとキーパーが前に出る。それを確認してアタシは猛然とダッシュした。前に誘いだされた事に気付いた相手キーパーも、先にボールに触れようとダッシュする。
ギリギリアタシが先にボールに追いついた。しかし敵キーパーも目前まで迫り、ここからのシュートは不可能な状態だ。
でもアタシは元からシュートするつもりはない。ただチョンと右斜め後ろにボールを出しただけだ。そこに来ているはずのケージを信じて。
そして次の瞬間、ボールが相手ゴールに吸い込まれるのが見えた。
『うおっしゃー!』
ボールをゴールに叩き込んだケージが雄叫びを上げる。客席からも大歓声が上がった。
ふう、なんとか1点は返せたな。
そう思ってたらケージがすーっと寄って来てギアの片手を上げた。
アタシがその手をハイタッチすると金属同士のガシャっという音がした。
シールドの中で少し笑ったケージが見えたけど、笑った顔は意外と幼い印象だった。つか、コイツが笑ってんの初めて見たな。
『やられたなっ。あとまだ時間があるし! 1点取るぞ!』
『オラ、まだ終ってねえぞ! 気ぃ抜くな!』
敵チームも味方チームもまだ終わるつもりはないようだった。
再び仕切り直してゲーム再開。
もう後1分とないだろう。
『オラ上がれ上がれ! 守ってる場合かよ! 攻めろ攻めろw』
『まだまだ元気だねぇ、少年w。行かせないよw?』
『うおっ⁉ おっさん、しつこいw』
『おっさんゆーなw』
なんか敵も味方もみんな無茶苦茶はじけてる。
ここにきてもう勝負関係なく、ひたすら純粋にゲームを楽しんでる感じだ。
そんな中ふとケージと目が合い次の瞬間、なんとアタシにパスを出してきたのだった。あの天上天下唯我独尊みたいな男がだよ?
びっくりしたけどなんか嬉しいな。流○からパス貰った○道もこんな気分だったんだろーか?
『行っちゃえ、ねーさんw』
そのケージの言葉に背中を押され、相手ゴールへ向かう。
『わははっまた女子高生行ったぞw 止めろ止めろw』
『おおっ、なんちゅうキレッキレのターンすんだこの娘w こりゃだめだわアハハ』
『バカ、見惚れてどーすんだよ? アハハハハ』
やばい、めちゃ楽しい。もっと滑っていたい。アタシのテンションも最高潮だった。
気がつくと誰もいないゴールがすぐ目の前にあった。
このまま入れちゃっていいよね?
シュートしちゃうよ?
「ギャラクティカなんとかシュート!!」
変にテンションが上がりきったアタシは思わずバカな技名を叫んでしまう。
技名はバカでもちゃんとゴールには入った。
やったー! 逆転勝利!!
あれ? でも点が入らないんだけど? 歓声も上がんないし。
ガッツポーズのまま後ろを振り返ると、敵味方共めっちゃ爆笑してた。
『ギャラクティカなんとかってなんだよw? 残念ながらもう時間過ぎてるぞw?』
……どうやらシュートを打つ前、既に終了のホイッスルは鳴っていたらしい。アタシはそれに気づかずシュートを打ってしまったのだ。しかもご丁寧に恥ずかしい技名まで叫んで。
うわぁ、やらかしてしまった。
これ多分、思い出す度に死にたくなるヤツだ。
できる限り記憶の奥底に沈めて封印してしまおう。
そんな考えとは裏腹に、その後アタシは見ていた観客達から
「ギャラクティカお姉さん」と呼ばれる事になるのだが、そんな話はどうでもいい。つかふざけんな。
◇
「お疲れ、みんな。ほんとに助かったよ、ありがとう。後の片付けはいいからさ、お祭り楽しんでおいで。あと、あれはささやかなお礼だからw」
朝日さんがそう言いながら指差したのは皆の分の浴衣だった。
なかなか気が利いてるなあ。これは嬉しいサプライズだ。
「みんな頑張ってくれたもんね。ハルカの試合も盛り上がったしさw」
いや、それはもう触れないでほしい。
あの後、天草に散々イジられたんだけど、アタシもウォータースライダー乳出し事件を持ち出したら殴り合いに発展しそうになり、結局お互い無かった事にしようって事になったのだった。
浴衣に着替えて巧たちと合流したら何故かそこにケージとナオがいた。
「えっと、先輩らには世話になったし、祭り一緒にどうかなって思ってさ?」
浴衣姿のアタシをチラチラ見ながらケージが言う。コイツに先輩とか言われるとこそばゆいな。
「いいんじゃない? 大勢の方が楽しいでしょ」
あんまり深く考えてなさそうな直虎があっけらかんと言う。
「そうですね。みんなで回りましょうか」
巧も気にしてないようなので、一緒に行く事になった。
祭り会場の方は昔ながらの屋台が立ち並び、アタシらはたこ焼きやらリンゴ飴やら食べながら回っていく。射的では男性陣が勝負してやっぱり直虎が一人勝ちしたり、金魚すくいではしゃいだりと実に楽しい。
まさか自分がこんな風に仲間たちと祭りを楽しむなんて、ちょっと前なら想像もできなかったな。
人生ってホントに先はわからないもんだね。
ふと気が付くと、グループの中にそれぞれ二人組(敢えてカップルとは言いたくない)が出来上がってた。
アタシは何故かケージに懐かれていろいろ聞かれたりしてる。
「姐さん、あのテクニックはどこで身につけたんすか?」
……姐さんって言うなよ。つかアンタ、点取られたらアタシを
「合意の上でなら……」
って、合意する訳ないだろ⁉
まあ、こうして話してみるとそんなに悪いヤツじゃない感じだけど。多分こいつも巧や直虎と同じギア馬鹿なんだろう。
一方の見た目がチャラいナオは中身もチャラく盛んに天草に喋りかけてた。あれ多分、天草の事を自分と同じ中学生くらいだと思ってるんだろうなぁ。ナオは中三で天草は高二なんだけどね。まあ、天草もまんざらじゃなさそうだからいいか。因みにナオの本名は直江くんって言うそーなんだけど、直虎と同じ字だから混同しそうになるな。見た目は間逆だけどね。
その直虎は相変わらず巧と兄弟みたいに仲いいし。その内ホントのカップルになるんじゃないかと心配だったりして。いやいや考えたくないな。
日が暮れて屋台にポツポツと明かりが灯り始めた頃、ちょっと疲れたアタシは神社へと続く階段の隅の方に座りながらフェスティバル会場の方をぼんやり眺めていた。
イベントは全て終了し、スタッフ達が撤収作業をしている。その向こうには、遠方から集まって来てたギアプレイヤーたちが帰る車の列が長く伸びていた。そのライトが光の川のようでなんとも切なく美しかった。
長い一日だったなあ。
そのすべてが夢のようだった。
来年もまた来れるだろうか?
少なくとも直虎は卒業してるし、アタシたちもどうなっているかわからない。みんな変化していくのだ。一期一会、今のこの状況は今しかない事なんだと思う。
次第に神社に上がって行く人が増えてきた。この後の花火を見る為だろう。
「ハルカさん、ここにいたんですか。もう花火始まりますよ?」
気が付くと巧がそばに立っていた。
「あ、うん。行こうか、きゃっ」
そう言いつつ階段の途中で立ち上がろうとして少しふらついてしまう。
咄嗟に巧がアタシの手を掴んで引き寄せてくれた。
「危ないすよ。人も増えてきたしゆっくり行きましょう」
巧がそう言って優しく笑った。
「あ、ありがとう。そうだね」
アタシの手を掴んだまま階段を登っていく巧。
その背中が初めて会った頃や、同好会のガレージ、工場での巧の姿とダブっていく。思えばこの男がこうして今のこのステージまでアタシを引き上げてきてくれたのだ。そしてこの先、更に上のステージまで押し上げてくれるのだろう。
今は全力でついていこう
素直にそう思えた。
そしてその後みんなで見た花火は一生忘れないだろう。
たぶん。
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