第30話 夏祭り&ギアフェスティバルその②


 う〜ん、どういう状況だろう?これは。

 今アタシは引きつった笑顔を浮かべながらゼータギアの横で慣れないポーズをとっている。その周りをぐるりと取り囲むカメラ小僧たち。いや、結構年配のオジサンもいるけど。そして絶えず聞こえるシャッター音に、ボッ、ボッとたかれるフラッシュの閃光。こんな光景、誰かの離婚会見ぐらいでしか見た事ないんだけど。

 実はアタシは過去に観衆の前で失敗して怪我した事から、大勢の視線に晒されるのが怖いというトラウマを抱えていたりするのだけど、今この状況はそれに近い。大人数というには微妙な数なのと、直接的な視線は少なく、その殆どがカメラやスマホ越しなのがまだマシかな。

 はっきり言って今すぐ逃げ出したいけど、店長や朝日さんから受けた仕事である以上、放り出すわけにはいかないので必死に耐える。

 何が楽しいのか、カメラ小僧たちは目線くれだのポーズ変えろだのの要求してくる。その度にどっちがロボットだ?ってくらいカクカクした動きでポーズ決めるアタシ。流石にこれはカメラ小僧たちも素人くさくて見てらんないだろうなと思ったんだけど、それが逆に初々しいやら親しみわくとか言って食いついてくるのだった。

「おねーさん、そうじゃなくてこう、ね」「そうそう、うまいうまい(笑)」

「いや、コッチの方がよくね?」    

 とか小僧たちが意見を出し合いながら実際にレクチャーまでしてくるという変な状況である。そんな感じで何故か徐々に奇妙な体験、みたいな和気あいあいとした雰囲気で進んでいき、恐怖心や羞恥心が緩和されていく。撮影される側とする側におかしな仲間意識まで芽生えて、軽口叩いたりして。その流れで連絡先とか聞かれて危うく素で答えそうになるとこだったり。つか、これゼータの展示会なんだけどね。

 そうこうしてる内に、突然波が引くようにお客さんがどっと居なくなった。

 はあ一息つけるなって思ったら、ゼータに触れそうな程近づいてる男たちがいる。いや、男たちっていうより、男の子たちかな? 中学生くらい? その3人の少年たちはいずれも顔つきはやや稚さが残るものの、髪を茶色く染め、いかにもやんちやそうだった。

「あ、ごめん、展示物は触らないでね?」

 ちょっと子供をたしなめるような口調が気に入らなかったのか、

「ああ? 触ってねーよ!」

 と、ガキのくせに口元にピアスをした少年に、かなり怒気を含んだ声で返された。

 なるほど、こいつらが近寄って来たから皆、逃げていったのか。祭りでハイテンションなのか、元からこんな感じなのか、イキがり具合がハンパない。こりゃ、なるべく関わりたくない人種だわ。

「うん、でも危ないからあんまり近づかないでね?」

 できるだけ下から言ったつもりだけど、やはり気に入らないらしい。

「はあ? 誰に言ってんだよ?」「そうだよ、俺らが誰か知らねーのかよ?」 

 知らねーよ。有名プレイヤーかなんかか? と、口には出さないけど。あくまでも顔ではにこやかに対応してたら、チッとか舌打ちして離れていった。若いねえ。でも若さ故の過ちは認めたくないものなんだよ? いや、何言ってるのかよくわからないけど。

 そんな健康優良不良少年たちが消えると、また波が打ち寄せるようにカメラ小僧たちが群がってくる。

「さっきの奴ら、そこそこ名の知れた中学生プレイヤーだよ。この辺りじゃ、最強かな?」

 と、ヲタクっぽいお兄さんが教えてくれた。ふうん、だからあんなに偉そうだったのか。まあ、中学生なら関わる事もないだろうけど。


 12時を少し過ぎた頃、やっと秀吉店長が戻ってきた。

「おう、盛況だねえw  いい感じゃんw とりあえずそろそろ休憩にしようか。みんなの分の食券あるから一緒に飯に行っておいで。他のブースも交代要員が行ってるはずだから」

 そう言ってイベント会場で使える食券を人数分渡してくれた。礼を言い、スタッフジャンバーだけ羽織って他のメンバーたちのブースへ向かう。


 食べ物関係の出店のブースに辺りで、ちょっとした人だかりができてた。遠くから見た限りでは、何か揉めてるみたい。アタシが近付いた時にはちょうど解決したのか、人だかりがバラけるところだった。その中にさっきのイキった少年たちの後ろ姿とあった。またアイツらが何かやらかしたのかな?

「天草、おつかれ。さっき何か揉めてた?」

 カキ氷の出店で手伝いしてた天草に尋ねる。

「いえ、ちょっとあからさまに横入りした子達がいたんで、注意してたんですよ」

「ふーん、それって口にビアスした中坊くらいの奴らじゃない?」

「そーですそーです。もしかしてハルカさんも何かされました?」

 やっぱりアイツらか。アタシも展示会での事を天草に説明した。

「相当イキってますねぇ。まあ、そういう年頃でしょうね」

「そーだねぇ。とりあえずバカはほっといて休憩行こ。えーっと、巧はどの辺だろ?」

「ああ、多分こっちですよ」

 天草の案内で巧が担当してるギア体験ブースへ向かう。




「……なにあれ?」

「うわぁ、バーゲン会場みたいですね」

 巧がいるであろうブースの前には女性客による壁が出来ていた。若い娘から熟女までワーキャー騒いでいる様は天草が言うようにバーゲン会場を思わせた。カメラ小僧達が群がったアタシのブースと真逆だな。この人たちの目当ては巧なんだろう。前から女性たちの壁に進撃するのははばかられたので、スタッフしか入れない裏へと回る。裏の仕切りから覗くと、巧がギアに乗った女性客に操作指導をしてるのが見えた。

 それをぐるりと取り囲むように他の女性たちがワイワイけたたましく騒ぎなから見ているという、ライブ会場みたいな状態。


「すっごいですねぇ、女の人しかいないですよ?」

 ホントに男性客の姿は1人もいない。

「そりゃこんな状況じゃ、男の人は入りにくいんじゃない?」

 ギア体験なんて男の子の方が喜びそうなのに、ここに入ってくるには相当度胸がいるだろう。逆に2、30代らしきお姉様方がホントにギア操作に興味あるんだろうかと疑問なんだけど。今、ギアに乗ってる女性や並んでる女性はその位の年代と思われた。

「リゾート地に行ってバナナボートに乗っちゃうような感覚じゃないですかね? ああいうのは女性の方が積極的に楽しもうって姿勢だから。オマケにインストラクターが若いイケメンなら余計テンション上がっちゃうんでしょう。普段よっぽど溜まってるモンがあるんでしょうね」

「ああ、ホント。パワフルだねえ」


 暫く見てたら、交代のインストラクター要員が現れ、巧の後を引き継いだ。

わりと普通っぽい30代くらいのオジサンに変わった途端、女性客がどっと離れていったのには同情を禁じ得ないけど。


「巧くん、おつかれさま」

「おつかれ、巧。休憩行こうか? その前に直虎の出番があるんだっけ?」

「おつかれです。そーですね、もうちょいくらいだと思いますよ。早く行きましょう」

 



 直虎はメインステージでやってる『ギア一芸コンテスト』にスタッフ枠としてデモンストレーションを行う役割である。全国から集まったギアプレイヤー達がギアによる一発芸をしたり、単に改造ギアを披露したりっていかにもお祭りらしいどこか気の抜けたゆるいコンテストだったりする。アタシ達が会場についた時には、ギアによるサッカーボールのリフティングが行われてた。かなり器用にボールを操り、安定感あるプレイに拍手が起こる。

「あれ多分、専用のアシストプログラム入れて操作してるっぽいですね。だからやろうと思えばバッテリー切れるまでできるんじゃないですかね。まあ、プログラムも含めていい仕事してると思いますが」

 芸を見ながら、すかさず解説を入れてくる巧。コイツはホントに何でも見ただけで解析しちゃうんだろうなあ。

「直虎さんは何やるんでしょうね?」と天草。

「一応朝日さんからは、ギアの基本的なデモンストレーションだけでいいって言われてたけどね。アイツの事だから、何か変な事やりそうだよねえ。心配だわ」

 その後ステージには、ロボットダンスを踊って「そのまんまやないかい!」と突っ込まれる人や、例のガン○ムもどきで登場して会場を沸かせた人(格好だけモ○ルスーツで動きは戦隊ロボ並みにひどかった)、最新のパイギアで野球のボールを投げて最高速に挑んだ人(168㌔は出たがボールが軽すぎて投げるのは難しいらしい)等が続き、いよいよ直虎の出番となる。


 某漫才グランプリみたいな出囃子と共に直虎が秀吉商会のデルタギアで登場してきた。

「あれ? 最新のパイギアじゃなくて昔のデルタなんですね?」

 と、天草が気づく。

「パイギアはあくまで運動特化のギアですからね。通常の作業ならデルタの方が適してます。設計は古くてもまだまだ現役ですよ」

 そう解説する巧。

 そのデルタの直虎は外部スピーカーでいきなりMCを始めた。

『え〜、本日は全国各地からギアフェスティバルにお越し頂き誠にありがとうございます。それではここで、ギアでいったい何が出来るかというのをざっと紹介したいと思います』

 へえ、結構落ち着いてMCしてるじゃん? アタシだと絶対ムリだな。

 軽快なBGMが流れ始め、直虎ギアはヒョコヒョコと舞台袖まで戻って原付バイクを押してきた。ステージ真ん中辺りでヒョイと担ぎ上げ、そのまま反対の袖に消えていく。少し間をおいて今度は250ccくらいのバイクを押してきて、また中央でヒョイと担ぎ上げ袖へと消えていく。これくらいなら楽に持てますよってアピールだな。普段ギアに馴染みのない人からはそこそこ驚く声が聞こえた。今度はアルミの一斗缶を持ってきてステージ中央に置く。また袖へと戻って、次に現れた時には3つの玉を器用にジャグリングしていた。そのままアルミ缶の側まで行き、わざと缶の上に玉を落とす。ガシャッと大きな音がして一斗缶が潰れた。砲丸投げの玉でジャグリングしてましたって事か。ちょっとだけ歓声が上がった。

 その後BGMが何故かラジオ体操になり、ギアで体操を始める直虎。腰を曲げたり捻ったりの動作はギアの設計上かなり制限されるものの、手足はキビキビと動き、まるで着ぐるみが体操してるみたいなユーモラスさがあった。

 体操が終わるとステージ中央に立ち、なにやら盛んに両手を合わせたり少し離したりしている。

「あれ、なにやっての?」

「さあ?」

 遠くからだとよく見えない。ざわつく会場。

 やがて他のスタッフが大きめのモニターをステージ上に運んで来て、直虎ギアの手元をカメラで映し始めた。と、誰かが叫ぶ。

「ふえぇっ! ギアであやとりやってるよ、あの人!」

 うわあ、マジか。いくらの○太くんに似てると言われたとはいえ、そこまで寄せる事ないのになあ。

 そのあまりにも地味な絵面にドン引きする人、力強いギアとのギャップに悶絶する人、繊細な作業の難しさがわかって感心するプレイヤーたち、実に様々な反応が面白い。

「あれ、ワイヤーとかじゃなくて普通の糸なんですよね。並のプレイヤーならすぐ切っちゃいますよ。多分直虎さんしか出来ないんじやないですかね。実は凄い技術なんですよ。地味ですけど」

 巧がそう言うように、アタシもギア操作の難しさを知ってるからわかるな。でも一般的には伝わらないと思うけどw。ただ、小さい女のコにはウケてたみたいw。

 あやとりを見事に完成させた直虎は

『ギアの可能性は無限大です。これからもギアを盛り上げて行きましょう。ありがとうございました!』

 と挨拶して締めくくり、盛大な拍手を浴びたのだった。



  ◇


「直虎くん、すごく良かったよ、おつかれ!」

 朝日さんが今にも直虎を抱きしめんとする様子だったので慌てて止めた。そんな事したら惚れちゃうでしょうが。いくら女性に免疫ないとはいえ、人妻にホレるのは流石に不憫だ。

「じゃあみんなでお昼休みにしてね。午後からはちょっとだけ手伝ってくれたらいいよ」

 そう朝日さんに送り出されて、昼食へと向かう。

「出店は結構本格的ですよ。ホントのカレー屋さんとか、ピザ屋さんとかが出してましたもん」

 出店ブースで手伝ってた天草はずーっと自分も食べたくてウズウズしてたらしい。食券は一人で三種類ほど頼めるくらいあったので、いろんな店から数種類づつ集めてきてみんなで分け合って食べた。どれも出店とは思えないほど美味しくて皆満足だった。


「午後からはちょっとだけでいいんですよね? 何でだろ?」 

 天草が疑問を口にする。

「多分、2時半からメインのギアホッケーの試合があって客はそっちに流れるからって事じゃないかなあ?」

「ああ、なるほど。アタシたちも試合が見れるようにって配慮っぽいね」

 店長か朝日さんがそのように割り振ってくれたんだろう。

「ギアホッケーはローラーダッシュ付きのパイギアで行いますからね、いろいろ参考になるかもですよ」

「うん、興味深いよねぇ」

 巧も直虎も楽しみにしているようだった。勿論、アタシも楽しみだ。




 ところがその試合直前、やっかいな事件が起こってしまうのであった。

 



  ◇


 休憩を終え、再び展示ブースに戻りかけた時、突然スタッフに呼び止められた。大至急ギアホッケーの控室まで来てくれという秀吉店長の伝言を伝えられる。なんだろ? まずいことでも起きたのかな?


 控室に着くと別で呼ばれたらしい巧と直虎の顔もあった。あとは珍しく難しい顔の秀吉店長に朝日さん、その他スタッフ数名。何故かあの生意気な口ピアスの少年とその連れのチャラい少年がいる。一人足りないと思ったら、顔を真っ赤にした少年がベットに横たわっていた。


「おうハルカちゃん、悪いな。コイツらこのあとのギアホッケーに出る奴らなんだけどさ、一人出れなくなったんだわ。急だけど、こいつの代わりに試合に出てくんないかな?」

 その秀吉店長の言葉に固まるアタシ。


 えっ? ちょっとまって⁉


















 

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